創作

バスタード 4

 2本目のビールを空けるとギドは腰をあげた。まだそんなに
遅い時間じゃあなかったが、不法滞在者狩りのパトロールで、
最近この辺りには警官がウロウロしているのだ。
一目見ただけでは素性のはっきりしないギドだ。知ってる奴な
ら何ということもないが、知らない巡査に掴まったら面倒なこ
とになりかねない。奴等、何かと理由を付けて小遣いせしめよ
うとするし、へたすると有り金全部持ってかれることだってあ
る。ここいらの国じゃ、ちょっとは知られる堕落警察だ。
 ギドと連れ立ってコーナーバーを出たのはトラック仲間の一
人、アブソロムだった。港町まで荷を受け取りに行く便があっ
て、やはり翌朝早く出発することになっていた。

「ちょうどセカンドストリートを曲ってサードに抜ける路地に
入ったとこだった。俺たちは港の女と山の女の違いについて言
い合ってたとこだった。その時、後ろから『おい、そこのヨソ
モノ』って声がして、俺たちは無視して行こうとしたら『お前
ら!そこの二人』って怒鳴りやがった。ポリよ。初めっからそ
のつもりで、もう右手には警棒握ってやがってさ。俺とギドと
二人別々に道の両側に引っ張ってって、いつもの職質。見たこ
とない奴らだった。
コート着てたから胸のナンバーは隠れてた。
俺がIDカード出してる時には、向こうもそうしてるみたいだ
った。『へえ、ここの生まれになってるけど、どこのアイノコ
だ』ってポリ公の言うのが耳にはいったよ。ギドの奴ポリ公嫌
いだったからさ、すぐ声が荒れてくるんだけど、あん時はポケ
ットに大金入ってたし、ずいぶん下手に出てるって感じだった
な。ところが持ち物全部出してみろってことになってから、少
し面倒悪くなってきたんじゃないか?ついカッとしちまったら
しくてサ。ギドも『あんたもポリスのID見せろ。じゃないと
俺に指一本触らせない』って始まってヨ。
向こう見た時にゃ、もうポリ公地べたに尻餅ついて顎押さえて
たし、ギドもサード・ストリートの方に走ってた。こっちの奴
が飛んでったんで、俺もその隙にセカンドの方に逃げたよ。そ
してパンッて音が二回か三回続いたかな?
ポリ公のリボルバーのあの銃声だけど、人の命が持ってかれる
にゃ軽すぎるよナ。
こっちには追って来ないってわかって、バーから出てきたヤジ
馬なんかと一緒にもう一度路地ノゾキ込んだら、倒れたギドの
両手を二人で片っぽづつ踏んづけたまま、一人が背中にトドめ
撃ち込むのが見えた。
『このバスタード』って吐きつけながらヨ。死体は金持ってな
かったことになってる」

 帰りにセカンドとサード・ストリートの間の路地を通った。
何時間か前にはそこに死体があったことなんか誰も忘れたよう
ないつもの昼下りだった。俺は足が地面に引っ張られるような、
変な歩き方をしてたと思う。
サードに出る少し手前、雨が降るといつも水溜まりになるとこ
ろに、ザラついた大きなシミが乾き始めていた。野良犬が一匹、
その辺りを嗅いで回ったり地面を嘗めてみたりしていた。
 俺はバスタードって言葉の意味を考えていた。

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バスタード 3

 ギドは中東のどこかの出身だという何故かフランス語を話す
両親の長男で、この国で生まれた。もう20代のなかばだと思
う。父親は食料雑貨の店とトラックを一台持っていて、一時は
良い羽振りだったらしい。それが何の病気か、或る時は頭が痛
いだの足が痺れる腰が立たないだのと断続的に何日も寝込むこ
とが多くなったかと思っているうちに一夜でポロリと死んでし
まった。病院に担ぎ込む間もなかったという。
この辺りの連中の口癖で、死因はマラリアだと決めこまれ、遺
体は市営の共同墓地に埋められた。
そんなことがあったのは4年位前のことで、その時俺は生まれ
て初めて人間の死体というものに接したのだった。
「しっかり見ときな。人はねこうしてこの世を離れるんだよ」
 おっ母は俺の手を引いて死顔に別れを告げた。西欧人のよう
に色が白かった筈の男の顔が、白木の箱の中で随分と黒っぽく
見えた。それまで気が付かなかったが、かなりのワシ鼻だった
んだということがわかった。
まわりの大人達は誰も涙を見せてはいなかった。どちらかとい
うと予定の列車が出て行くのを見送っているような、そんな日
常的な感じだったし、参列者に料理が振舞われだすと何となく
浮き浮きした、田舎のお祭りのような雰囲気さえあった。
 死ぬまではそんな噂さえ出なかったギドの父親に、目を掛け
られていたという女やその子供だという連中が何人か名乗りを
あげ、そんな女を持つ男の話はいくらでもあるこの町としては
別に不思議な出来事でなく受け止められた。逆に、何故そんな
事が人知れずでいたのか…ということのほうが常識に反する事
のようだった。
なんでも随分と公平で欲得を繕しとしない宗教だそうで、ギド
の母親は夫の残したものから価値のあるものを幾つか処分して、
そんな女にも財産を分けてやったらしい。
トラックもその時に手放したもののひとつで、丁度親父の死に
目に逢えず長旅から帰ってきたギドは、そのことをとても残念
がったという。店は今も母親が切り盛りしている。
ギドのすぐ下には仕事もせずにブラブラしている弟がいて、し
かし一人前にイタリア人とアビシニア人の混血という娘をたぶ
らかすかされたかして、一児の父になっている。その子を産む
とすぐに娘は町を離れ、今はどこか北の方の町で別の男と暮ら
していると聞く。子供はギドの弟の手で、というかつまりその
子のおばあちゃんであるギドの母親の手で育てられている。甘
い顔をした良い男になりそうな奴だ。
この子とギドの3人の妹のうちの二人がまだ学校に通っていて、
19になる長女は店で母親の手伝いをしている。ギドは下の二
人の学費を出してやっているのだ。
「あいつ、いつものようにカウンターでビール受け取るとジュ
ークボックスの隣に座ってたぜ」
「それから、いつものあれな。マリー・テレザ。あいつ、あの
曲しかなかったから。ザイールの田舎町のバーであれ歌っちゃ
あ、何人も女こましてたらしいよ」
「フランス語も喋れたしな、あいつ。あの家族のなかで両親と
ちゃんとフランス語で話が出来るの、あいつだけだったもんな」
「でも、少しは読めたけど書くのはまるで駄目だったぜ」
「そりゃあお前、あいつ学校行かなかったもん。一緒に抜け出
しちゃあ、よく映画館にもぐりこんだりマリファナやったり。
でも先生、残念がってたよな。本気になりゃあ大学行けるのに
って」

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バスタード 2

 使いを頼まれて行くと店の戸は閉じられたままになってい
た。埃っぽい風が巻いていて、炎天の下で何人かの大人が曇
った顔を寄せ合っている姿も見えた。
「かわいそうに、背中から撃たれたってよ」
「相手がポリスじゃ、しようがねえナ。お袋さん、どうして
る?」
「とりあえずポリス・ステーションに行ったんだって。どん
なふに撃たれたのか、誰がやったのか、調べにさ」
「誰もかまっちゃくれないよ。30分もねばって押し問答し
て、事件簿をチラと見せられてチョン」
 …30日夜、セカンドストリートとサードストリートの間
の暗がりで不審な男を目撃。身分証明の提示を求めた後、身
体検査をしようとしたところ担当巡査を殴って逃げたため発
砲。同場所で男は死亡…

 ゆうべギドは家に来た。ちょうど居合わせたおっ母の部族
のジロっていう若者に、翌朝早く出るトラック便の出発を伝
えるためだった。ギドはそのトラックの運転手で、ジロは助
手。俗に言うターンボーイで、二つ国境を越えた内陸のゴマ
の町まで食料品を運ぶということだった。熱帯雨林の山岳を
縫う未舗装の道を行くそのルートは、比較的に雨の量の少な
い乾季の今でもうまくいって往復2週間のコースとなる。
「早く寝とけよジロ。それから、また手当ての使い込みやっ
ても今度は助けてやんないからな」二つ折りにするには厚み
のある封筒を渡しながらギドが言った。
 長旅の途中で使うべき宿代食事代は出発前に手渡される。
その一部を小遣いにしたり、居残る家族へ置いて行くのは常
識で、実際にはトラックの中とか荷台で眠るのだし、食い物
も炭をおこして自分達で作ったもので済ますので金は掛から
ないようになっている。まだ少年らしさを残すジロはそんな
金をすぐシャツや靴に変えてしまう。
「だいたい女も知らずにチャラチャラ格好ばっかつけてもダ
メよ。今度はちゃんと女当てがってやっからヨ。楽しみにな」
 あったかい懐と長旅を前にした昂りがギドをいつもより少
し明るくしているようだった。
「あんたも遊びにお金使っちゃうんじゃないよ。来月は妹た
ちの学費の払いが待ってんだから。そのポケットん中のお金、
早くお袋さんに渡しといで」
 おっ母も久しぶりに意見じみたことを言ったりする。
「それよ。俺もあんまり小金持って夜の町歩きたかぁないし。
ちょっとコーナーバーで一杯やったら、帰って寝るつもり」
 それからおっ母はいつもの遅い晩飯の支度にかかって、ギ
ドとジロも腰をあげた。

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バスタード 1

連作短編の最初の一編「バスタード」を4回に分けて載せます。

バスタード

 俺には、どこかヨーロッパの端の方とかのちっぽけな国の人間
の血が流れている。何という名の国かは、おっ母さえ知らない。
それにきっと、父親って奴の名前さえおっ母はフルネームでは知
らないに違いない。
どこかヨーロッパの東のほうから来たらしいその男とおっ母がど
こでどう出遭い、どうしたはずみで俺を産み落とすことになった
のか、そんな詮索をするのは止めといた方がいい。そうした話は
ここいらには幾らでもある事で、一時的にバラ色の人生を夢見た
若い女が自分の唯一の資本である体を使って、その魅力がどんな
に効果的かを試してみた…そんな時代の産物ということだ。
ここいらに暮らす誰もがそんな事情は知っているし、似たような
境遇の奴はこのあたりには掃いて捨てるほども居る。ことさらに
バスタードなどと呼ぶ奴も呼ばれる奴も居やしない。
隣のユスフはアラビア人との混血でユスフ・アラブって呼ばれて
るし、他にもイタリア混ざりで美人のジョセフィーナとか、父親
はドイツ人だという可愛そうなほど造作の悪いムザウがいる。他
に、実際には中国人の血は一滴も入っていないのに何故か東洋っ
ぽい顔つきのチーナなんかが俺の近所の仲間というわけだ。
 俺は、自分じゃハッキリとは言い表せないけど、すごく国籍不
明の貌をしていると思う。だいたいおっ母からして古くアラブ系
とハム系黒人の雑婚の流れを汲んでいる筈で、色は薄くて面長で
髪もそこいらの連中のようには縮れていない。
それで俺も体色はずっと白っぽいし、髪はまったくの直毛で目は
丸い。ヨーロッパの端の方といえば、その昔蒙古あたりからやっ
て来た民族の血も入っているのかも知れない。どこか東洋っぽい
ところもあるのだが、骨の造りからか、どちらかというと浅黒い
肌の白人の範疇に入れられているようだ。随分と大人っぽい顔だ
ちだと言われるのは、そうした理由からだと思う。

 俺が暮らしている地区は、町と言っても人口百万人を越えるこ
の国の首都の一隅で、この首都最大級のスラムを近くに控えてい
て、近隣の国境を接する国から出てきた連中が寄り集まって住
む、そんな所だ。
このあたりの連中は出身を拠り所に各々助け合ったりいがみあっ
たりしていて、その拠り所も時によって国だとか地方だとか、宗
教だとか階級だとか、部族や氏族とかをつるみあうための共通項
として使いわける。
うちじゃあ肉は或るインド人がやっている店でしか買わないが、
それは宗教が同じだという理由のようだし、日用雑貨なら近くの
道端のキオスクへ出掛けるが、これはそこの主人が昔おっ母の産
まれた土地に長く暮らしたことがあって、そこの地方語をしゃべ
るために違いない。でも、米や油を買っている中東人の店が何の
理由でおっ母の買い物先リストに入れられたのかは知らない。

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