世相

アルジェリア人質事件に思う

靴磨きジョセフは一時中断し、この時勢的な
出来事について言っておきたいことがある。

 アルジェリアには4年前に行った。その経緯
の一部については前に書いたが、警察国家であ
ること、旧宗主国であるフランスへのスタンス
と対イスラム過激派への対応に頑なな部分があ
る特異な国ではある。また北アフリカのアラブ
圏各国の国民からは非常に頑固で付き合いづら
い国民性を持った国だと疎んじられているよう
な部分もあることを知った。
 さてそんな国には石油と天然ガス資源が豊富
だ。私が行った時にジェミラの遺跡で撮影して
いると中年の日本人男性二人を見かけた。話し
てみると彼らは道路建設の技術者で、休日を利
用して世界遺産を見に来たのだという。
 私たちにさえ警察車両が前後を挟んでの移動
が義務付けられているとはいえ、アルジェリア
北部の比較的安全な地域だったからそうした自
由行動もとれたのだろう。単身赴任で派遣され
ている彼らの休日の過ごしかたとしては精いっ
ぱいの贅沢な時間だったのかもしれない。
 それで実は私が言いたいのはそんなアルジェ
リアの事情とは関係なく報道のあり方の問題に
ついてなのだ。物申したい幾つかの点がある中
で、とりあえずひとつだけ。
 今回もそうだし、国内外で起きた悲惨な事故
や事件で、犠牲者を過大に修飾して紹介すると
いう、あの報道姿勢のことだ。
 犠牲者○さんXX歳がどのような人物であっ
たかを学生時代の写真などまで引っ張り出して
述べたて、旧友、親族、場合によっては家族を
も引っ張り出してカメラの前でコメントを吐か
せるという、あの行為の事だ。
 悼むという思いの欠片も無いあんな報道に何
の意味があるというのか?犠牲者を伝説化する
ことで同情を過大化させ加害者へのバッシング
を肥大化するという陳腐な情報操作でしかない。

そんなことをやっている暇があったら他に取
材するネタも報道するべき対象も山とある。
 しかも、近年やたらと取り沙汰される個人情
報保護の観点から言っても、故人の情報をあの
ように広く知らしめるべきではない。

私も数年前まで足の先を突っ込んでいた世界
だし、かつては民放の夕方の報道系情報番組に
制作スタッフとして参加していたことがある。
その頃もテレビ番組制作の大勢があまりに思慮
の足りない慣例と手法のまま、放送時間を埋め
るという流れ作業に追われていたことを恥じる
思いがある。
これは放送メディアだけでなく新聞や雑誌にも
総じて言えることなのだ。

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まわりを見まわすと

  本当に困ったものだ。言わずと知れた政治
状況のことだ。誰もが見透かしている政党の
体たらく、国会議員と政治屋たちの志の無さ
のことだ。
 
あまり間口を広くすると言うことが多くな
りすぎるので、とりあえず2大政党となった
民主、自民のことについて言えば、まず党首
選の馬鹿ばかしさ。

  待った無しならば他に火急の重要事項があ
るのに、それらを放り出して増税のみに突き
進んだ野田しか居ない民主。タレントと浮名
を流した若手のイケメン大臣を担ぎあげよう
としたようだが政権維持と保身が見え見えで、
今頃党首になっても次の政権維持はほぼ期待
できないものだから候補から退いたのは賢明
なのか狡賢いのか。
 自民は自民でとっちゃんボーヤたちがドン
グリの背比べをしているし、就任途中で職を
放棄して逃げ出した安部なぞというゾンビも
顔を出している。
 しかしこうした状況を産んだのはみんな我
々国民だ。本当にこの国の民度が低すぎる。
国会空転で財政が糞詰まり、地方交付税が止
められてしまったなど、完全にこの国は破綻
国家なのだ。
 周りを見回せば地方都市でも中国人が暮ら
し、企業を買収し、土地を所有しているのだ。
尖閣に気を取られているうちに、いつの間に

か日本は中国に乗っ取られ、実効支配されて
いた…なんてことになってしまいそうだ。

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原発中心の日本地図

自浄どころか修正能力も無く自己崩壊の
道を突っ走るこの国のひとつの見方が
提示されている

http://naglly.com/archives/2011/04/nuclear-japan-map.php

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貧困女子について

  最近、新聞記事にとりあげられて一部で話題になって

いるテーマに若者の貧困がある。単身で暮らす2064

の女性の32%が「(相対的)貧困状態」にあるという。

国立 社会保障・人口問題研究所なる機関の研究者が最新

2006年度)のデータをもとに分析したらしい。

  これを受けてテレビのニュース番組で、その現状を探

ってみようと取材し、その年代層の男女の暮らしぶりを

紹介していた。しかしこの「貧困」というものは何を判

断基準にするべきなのか、考えてみると難しい。

 相対的貧困率というものの定義は、ごく大雑把に言え

ば統計上の税抜き年間所得の最高と最低の中間値の、さ

らに半分以下の所得の国民の割合だそうだ。家族構成や

年齢別人口比を加味して計算されるのだろうが、ウィキ

ペディアによると具体的には2006年の統計で127万円が

その判断値だという。

 テレビでは単純に税抜き月額手取りが13万円を基準に

街の若者にインタビューをしていたみたいだ。そして編

された画面で紹介されるのは皆、このラインを下回る

ような人たちで、確かに首都圏で生活する単身者がこの

収入で暮らすにはかなりの節制を必要とする筈だ。

 数人の友人とシェアする家の一室に住み、自転車で何

ロも駆け巡りながら1円でも安い食材を探す女性の姿を

介したりしていたが、番組では彼女はそれを自ら選び、

しろ楽しんでいる…と、健気にも新しい価値観を模索

しているような姿として印象付ける感じにまとめられて

いた。

 そしてそこには「貧困かどうかは気の持ちようや価値

置き方次第だ」「物質的・金銭的な豊潤が心の豊かさ

に繋がらない」というような論調を感じた。そんなこと

はよく言われてきているし、或る意味では同意する。

私も貧困のカテゴリーの一員で、物も金も少ない暮らし

の中でそれ程の不幸感無く過ごしてはいる。

 それでいいのか?と思う。個々人の生き方は其々が自

のやり方で追求すればいいけれど、そのための機会や

可能性はオープンで公平である必要がある。それが崩れ

てしまっているのが現在の世界であり日本の現状なのだ。

 貧困なのはこの社会で、それが現象として若者の暮ら

に反映している一端が「貧困女子」だろう。

 健気であることは停滞しか呼ばない。だから健気でな

かあってはいけないのだ。貧困社会に必要なのは停滞

の解消しかないではないか。この貧困世界にあって特に

貧困著しく、しかも対処の方途も目途も無いままに何の

用もなさない増税にだけ突っ走る政治体制に何の異も唱

えないニッポン国の民として貧困に甘んじてはいけない。

やるべきことは幾つもあるのだ。

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大阪は現在の日本の民衆状況の縮図

  大阪の市長と知事選の結果は、そうなるのだろうとい

う予想通りになった。しかし橋本徹という男はなかなか

の曲者だ。時流に乗るのが上手いところと単純な論旨を

ぶつける演説は小泉純一郎を彷彿とさせる。

しかし一番の問題は彼を選んだ大阪市民だ。只々「何

かやってくれそう」だとか「新しいことを」とかを望ん

での消極的選択だと思われる。なにやら大阪人の他力本

願気質を見る。

だいたい、マスコミや識者も言及しているように大阪

都構想なるものが一体何をもたらすものやらサッパリ分

からないし、それもはっきりしないままに「橋本でええ

んちゃう」と乗ってしまうのは、これまでも横山ノック

などを選出してきた、あの感覚と同じなのではないか?

衆愚の雷同と、それを引き連れて動かす快感に酔い痴

れる権力者。時勢は世界的な終末期資本主義の時代。

いつか見た歴史のなかに、似たような状況がある。

瓦解に掉差すことができるのは、少しでも良い未来を考

える若い世代(橋本は既に若い世代ではない!)の良識

ある蜂起だろう。

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政党というものは、そしてシンスケなど

 前々から政治屋の動きを見ながらホトホト感心してい

るが、特に首相選びのゴタゴタを見ているとよく分かる。

民主党だろうが出自は同じの自民党だろうが、その組織

の構造は全くヤクザ組織のそれと同じだ。

 だいたい自民党の成立は戦後の混乱の中から出てきた

もので、進駐軍の植民政策の一環で、闇の部分を受け持

ったのがヤクザであり表で政治団体という名目で覇権を

競ったのが自民党だ。

 それにしても島田紳助の引退が何故に社会ニュースの

トップ時期として報道される必要があるのだ!シンスケ

が引退しようが事件事故を起こそうが死のうが全く何の

影響も無いではないか。馬鹿なテレビ局とスポンサーや

なんかが慌てるだけのことだ。

 そう言えば私が仕事をした幾つかのテレビ番組制作会

社は今、右往左往しているのだろう。可哀そうではある

が、あんな奴とは縁を切っておく良いチャンスだと思っ

て方向性を変えることですな。

 で、そのシンスケも関係したと言うヤクザと政党の話

に戻って…

 組長に若頭、本家や分家、グループ分けに金の流れ…

小沢グループや鳩山派だの、山口組系××組とか本家や

分家、政治献金だのみかじめ料だの、どこをとっても

相似形だ。

 政治理念も理想の大志も無く、あるのはただただ権力

欲と富の構図。利権への磨り寄りなのだ。

 まだ昔のヤクザには義侠心という美学があったよう

だが、今ではその残滓はあるのだろうか?

 義侠心には或る意味でレジスタンスや滅私奉公にも通

じるものがあると思うのだが、少なくとも今の政治の世

界にそんな要素は露も無い。

 何だか怒りに任せて考えなく書いてしまったので、こ

のあたりはそのうちに改めてちゃんと考えを纏めたいと

思っている。

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児玉龍彦 怒りの訴え

2万以上のアクセスがあったYouTubeから

急に削除されてしまった動画です。

http://savechild.net/archives/6135.html

言論の圧殺が企図されたとしか思えない。

でもこれは呼ばれて行った国会内での発言なのだ。

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誰を責める

  福島県周辺の東北地方から出荷された牛肉から放射性

物質が検出されたと騒いでいるが、そんなことはまさに

「想定内」のことではないか。

 既に様々な放射性物質が、数百キロ離れた地点の水道

水や農産物から検出されているのだし、広い範囲の土壌

汚染が進んでいることも判っている。

 事は日本だけでなく、もう世界中に或る程度の放散は

拡がっているのだ。飼料藁だけではなく色んなものに被

曝は起こっていて、大気や海を通して土壌も動植物も農

産物も海産物も、福島原発事故の影響を全く受けていな

い物など無いと言い切ってもいいだろう。

 食肉に限っても、心配ならば牛肉だけでなく鶏肉や豚

なども全て検査してみるといい。恐らく日本中がパニッ

クになる程の結果が出るのじゃないか?

 そんなことは分かっているからマスコミも誰も今敢て

そうしたことに言及しないのだ。

 畜産家を責めるつもりは無いが、藁を餌にすることに

ついて問題になるとは知らされていなかったと言うが、

少し考えれば危険性は想定できる筈だ。各地で空気や土

壌の汚染が問題視されているのだから、食肉生産業者の

良識として、全く危ないと思わなかったというのは嘘だ

ろう。少しでも不安があれば調査するよう働きかけるな

り問い合わせるなり、やり方はいくらでもある筈だ。

  なんだか被災者意識を先行させて、俺たちも苦境の中

で生活しなければならないのだ、皆一緒の被害者じゃな

いか!と開き直っているような感じもしてしまう。

 まあ、元を糺せば国と東電に直接の原因責任がある事

は間違いないが、その国や原発を遂行する電力会社を認

めてきたのは我々国民なのだ…という事実もある。

 さあ、誰を責める。今、何をする。

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標準家族

 地方紙が好きだ。新聞作りの気骨のようなものが感じ

られるからで、ずっと読んでいたのは東京新聞、今は

熊本日日新聞(略称クマニチ)を読んでいる。

 その日曜版の「くまにち論壇」に雨宮処凛が書いてい

た。あの、反貧困関連の論客だ。最新の国勢調査の結果

では、今もっとも多い世帯状況は一人暮らしだそうだ。

 考えてみればそれはそうだ。私の家族だって、自分と

息子、母、姉と皆一人暮らしだった。兄夫婦にはちゃん

とした仕事をしながらパラサイトを続ける娘がいる。

 この今、はたして標準家族という概念は成立可能なの

だろうか?雨宮は震災被害者の孤独死を口きりに、そう

した問いかけを展開している。

 そう言えば、母親と暮らすようになって身近な話題と

して耳にするのは、年金暮らしの年老いた母親と暮らす

無職の息子というパターンの二人暮らしが結構多いとい

うことで、何を隠そう私もその一例だ。男親は概して早

死にするし、一人残れば放っておかれていることが多い。

それが現実なのだ。

 雨宮は一人で生きてゆくことのできる社会制度を作る

ことを反貧困運動のテーマにしているようだが、それを

政治上の制度の問題にしてしまっていいのだろうか?

 1990年代に入る頃からアフリカではストリート・チル

ドレンの問題が取り沙汰されてきた。本来は親族や隣近

所ほかの地域社会が面倒を見るというセーフティネット

が機能していたアフリカでは、たとえ貧しくとも両親が

居なくなったりしても、路上に出るしかない子どもは居

なかった、と言われる。私が知る限りでも、それはまあ

事実ではある。少なくとも食べることと寝ることに関し

ては、全くの絶望はあり得なかっただろう。

 アフリカには元より制度としてのセーフティネットな

ど存在しない。よく言われるように、極端な資本主義の

浸透とアメリカ型グローバリゼーションなど、世界的な

社会変革の余波でアフリカの助け合い社会が崩壊してき

たのだと識者は分析する。

 一度壊れたものを復元するのは難しいことは判る。で

もそれを制度でカバーするしかないという考えもまた

そのうちに破綻するだろう。

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繁華街の風景から

  ここしばらく、妙な仕事で深夜近くの繁華街を通って

帰宅する日が続いた。新宿歌舞伎町、横浜西口、池袋東

口、上野歓楽街…このご時世、意外と遊び人たちの姿は

多い。特に若者たちが目立つ。

 恒常化した不況に加えて大震災と原発禍に翻弄されて

いるこのニッポンで、遅くまで呑み歩く人たちがこんな

に居るのかと思ってしまった。

  ところが鉄道の駅に行きホームで電車を待つ人を見る

と、どうも様子が違う。以前のように酔ってふらついて

いるような者は少なく、みな疲れている。

  会話を聞いていると、どうも多くは飲食店や風俗業界

の従業員らしい。他には人員削減のために仕事量が増え

た分、残業を余儀なくされた会社員などが混じっている

という感じなのだ。

 政治は空洞で経済は停滞。この今、私たちには目指す

ところが無いのだなと思う。こんな時だからこそ、やる

べき事や考えなければならない事があるのだと、気付か

せる存在が必要だ。

 K’NAANはサッカーのワールドカップ南アフリカ大会

のテーマソングWavin’ Flagで一躍名を馳せたが、彼

の祖国ソマリアには未だ実効的な政府は無い。それでも

国は動いている。

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