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2013年7月

多数決と民主主義

 いつからか一般的に民主主義=多数決とい
うような既成概念が出来てしまっているので
はないだろうか?それともこれは私固有に刷
り込まれた概念なのか?
 思い返すとそれは多分小学校の高学年の頃
だったような気がする。担任の先生がベンサ
ムの「最大多数の最大幸福」(功利主義と呼ば
れるらしい)を引き合いに出して説明したこ
とを記憶している。本来の意味とは違うよう
だが、大多数の意向が通れば幸福度も増す、
と単純な論理だと解してしまったようで、で
も子供心に“数に任せてものごとを決めつけ
られてしまうのは何だかおかしくはないか?”
と思ったものだ。
 しかし、現在でも多数決とはそんなものだと
曲解し、それを民主主義の拠りどころだと思い
込んでいる人も多いのではないだろうか?
そして現在、世界の多くの国ではどんな政治体
制であろうと、この多数の論理で政治が動いて
いるが、でもそれは国民の「幸福」を求めるも
のではなく「最大多数の最大権力」に依拠して
利得のために社会を方向づけようというものだ
と思われる。
 民主主義の広告塔であるアメリカは、多数決
は少数の権利や自由を奪ったり蔑にするもの
はないと弁明しているようだが、果たしてそ
なっているのか?
 さて、選挙結果が出てすぐさま、政府は武器
禁輸措置の抜本的見直しに取り掛かった。
ほら、
アベノミクスとやらの推し進める経済再
建は軍
需産業育成で引っ張るつもりなのだ。
これで自
衛隊が堂々と軍隊に昇格し、集団的
自衛権の拡
大で大手を振って世界中に派兵を
可能とし、憲法
の改正によって9条を切り崩す。
インフレが進
んで雇用と収入が悪化してゆけ
ば、アベチャン
は思う壺でヒットラー的な国民
誘導に驀進して
ゆくだろう。
 そういえば今日の新聞には地域別最低賃金
の収入が生活保護給付水準よりも低くなる
都道
府県が11になっていると出ていた。しかも

その差額は多くて22円、少なくて1円だ。という
ことは最低賃金が高い場合でも差額は数円く
いしかないということだ。こんなもの、最低賃
金を少々引き揚げたって屁のつっかえにもな
ない。そして政府がやりそうなことは生活保
給付水準の引き下げに違いない。

 ああ、多数決と民主主義!

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どこへゆくニッポン

 参院選まであと2日だ。マスコミはいつも
の世論調査で世論操作に忙しい。報道による
と自民党が圧勝しそうな気配だ。
 しかし我ニッポンジンという奴は馬鹿ばっ
かりになり下がったものだ。ほんとうにそれ
でいいのだろうか?自民・公明ラインで衆参
両院が絶対多数を占めてしまったら大変なこ
とになる!!多勢に無勢で好き勝手にやられ

てしまう!
 今度も投票率は50%を下回るだろう。そし
て投票に行くのは中高年というよりも老年層
が相当な割合になるんじゃないか。東京に居
た頃も田舎に来てからも、投票所で目にする
のはオジンオバンばかりで2030代と思し
き人の姿を殆ど見かけない。そして自公に入
れるのはマスコミの操作に引っ掛かり付和雷
同で動きたがる老年層に違いない。
 憲法改正よりも議員数削減よりも必要なの
は投票のルール作りではないか?
例えば;
まず、投票率は7割を切ったら無効としてや
り直しをする。しかも投票者の必要年齢層配
分を設けて人口構成とは逆のピラミッド型と
し、投票者数のうちに占める割合を2030
代を4割、4050代を3割、60代は2割で

70
歳以上は1割。割合には前後5%の巾を
認める。これに満たない場合は、この条件を
満たすまで何度でも投票を繰り返すのダ!
そして、候補者の中で“こいつだけは当選
させたくない”という奴を選挙区を問わず
5
名まで記名することができる落選投票も
やる。これで一定の投票数を集めた候補者
は晴れて失格となる。
 これくらいしないと、ニッポンという国
はほんとうに国破れる。

で、若者よ選挙に行こう。そしてとにかく
とりあえず自公以外で少しでもまともだと
思われる候補者に投票しよう!

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Cool & Beautiful Africa

梅雨が明けたと同時に盛夏に入った。猛暑だ。
電力消費が急増し、しかしこの2年ほどのよう
には誰も節電を喧しく呼び掛けない。そして、
まだ稼働基準も曖昧で安全性の確保も準備も
整わなず、地元や国民から大多数の同意もな
まま電力供給各社は相次いで原発の再稼
働申請
を出した。
 今では地球温暖化やCO2削減などについて
発言や警鐘は殆ど聞くことがない。これで来
の参院選で自民党が大勝するようなことに
なれ
ば、この国は間違えなく小泉時代を彷彿さ
せる
専制政治に突っ走るだろう。マスコミが持
ち上
げるからネーミングばかりが独り歩きをし
て実
体のないアベノミクスの化けの皮が剥が
れて、
株価の動向ばかりに偏重する経済に振
り回され
て社会は混乱し、着実に物価は上が
るが中間層
以下の国民の収入は上がらず、
雇用状況も悪化
するだろう。
 さてそんな夏、清涼な音楽で癒されるしかな
いのもチト淋しいが、Maliからの歌声を届ける。
Rokia Traore
をどうぞ!

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「幸せ」の戦後史

 最寄りの図書館でちょくちょくリクエスト
を出して本を買ってもらっている。小さな町
立図書館の新刊購入に対する月間予算がど
くらいかは知らないが押さえどころの新刊
は入っていて、私の知らなかったようなオッ
と目を惹く著作も混る。割と趣味良く選んで
いるようなのだ。
 でも私が、これは!と思う本で他の利用者
にも読んで欲しいものや少々高額(といって
もせいぜい3000円くらい)のものは遠慮な
くリクエストする。利用し始めた最初の頃、
良い本があったらどんどんリクエストして下
さいね…と司書嬢に言われて調子に乗った。
リクエストしたものは必ず買ってくれる。
 ということで、『「幸せ」の戦後史』(菊地
史彦/トランスビュー)を買ってもらった。
或るサイトで紹介されていて、気になった

からだ。何とも固いタイトルではあるけれど
文章はそれほどでもなく、400ページほどを
一週間で読み終わった。
 第二次大戦後の日本人が社会意識として
生きる目標に何を追い求めてきたのかを、
政治的社会的文化的なアメリカとの関係を
軸に、労働環境や家族環境の変化を対照さ
せながら探ってみようというものだ。
 前半の労働問題の解説部分はもっとサッ
パリ済ませた方が良かったような気がする
が、歌謡曲やら映画や小説、オウム真理教
や永山則夫、東電OL殺人などの事件や世相
を反映させながらの展開は、社会評論という
よりも読み物として楽しめるものだった。
でも意表を突く見解や展開がないのが残念。
しかし著者があまり気に入っていないらし
い村上春樹の「1Q84」をこき下ろす一節
がエピローグに挿み込まれているのが面白い。
 とにかく端的に要約すれば、急激な社会
変化を経つつ「豊かさ」を追うなかで、
「疎外」という歪を蓄積していった我々
日本人にとって、「幸せ」って何なんでし
ょうね?…とポスト311の現在を生きる
読者に問いかけて終わっているという訳だ。
 本文は次のように結ばれている。
「我々は長きにわたる戦後と、そのあとの
時間を検証することで、自身の立つ場所と
向かう先を考え直す時期に立ち至っている。
本書はそのための小さな手がかりである。」
まさにそのままだ。そして今日生まれた赤
ちゃんにも戦後は引きずられていくという
現実だけは厳然とあるということだ。

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遺伝といえば

 いずれにしても良かれ悪しかれ親から子へ
と受け継がれてゆく要素は必ずあるわけで、
そんなことを考えていると、新聞に芥川賞と
直木賞の候補が発表された。見てみると、そ
のなかに嬉しい名前があった。
 アフリカに行く前、私はテレビ番組の制作
プロダクションにいた。1970年代末から80

年代初めにかけての頃だ。ディレクターとし
て最初に手掛けたのは、その頃ようやく出始
めたミニ番組。夜10時頃、番組と番組の間
に幕間のように放送される3~4分の番組だ
った。
 故・実相寺昭雄監督が企画発案と監修で始
まった「21世紀への手紙~わが子へ~」とい
う番組で、芸能人や文化人、スポーツ選手な
どが、わが子供に宛てメッセージを贈るとい
うもので、親子の日常の或る時を切り取った
映像と短いインタビュー、そして番組のため
に書き下してもらった400字ほどの手紙を朗
読する本人の声で構成し、ちょっとしたドキ
ュメンタリー的な要素も交えた番組だった。
 その一本で作家の宮内勝典さんを取り上げ
たことがある。「南風」で文藝賞を受賞して
デビューした宮内さんは、当時「金色の像」
で芥川賞を逃したものの、同作で野間文芸新
人賞を受賞したばかりの頃。高島平団地の最
上階のお宅を訪ね、近くの公園で2歳になっ
た息子さんとの散歩の様子などを撮影した。
息子の悠介くんは自分で立ち、歩くことで世
界とつながる喜びを謳歌していた。
 朴訥な青年らしさを残す宮内さんの、文学
にだけでなく世界に対面する真摯な姿勢に感
銘を受けた私は、その後も個人的に何度か連
絡させてもらった。やがて私はナイロビへ向
い、偶然にも同じ年に宮内さんはニューヨーク
へと移り住んだ。その数年後にナイロビで私が
息子を得た時、宮内さんにはちょっと感情の
籠った手紙を認めた覚えがある。その辺りは
「地球を抱きしめたい」(新潮文庫)に、アフ
リカを訪れて私と再会したときのエピソード
に描かれている。
 そしてあの息子、悠介君が今、直木賞の
候補作家となっているのだ。すでに35歳。
直木賞候補となるのは二回目だ。
あの父にしてこの子あり。しかして私は…

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血統、遺伝について思う

 我が息子は間もなく30歳になろうかと
いうのだが未だにフラフラしている。
アルバイトは長続きしないし、ちゃんと
した仕事にありついたと思っていたら自
分の都合で辞めてしまったりを繰り返し、
2年ほど前に私が東京を離れるにあたって
パラサイトから脱してようやく一人暮らしを
始めた。
 その頃はIT関係の固い仕事をしていたの
に急に役者になると言いだしてまたも辞職。
アルバイトをしながら舞台俳優のレッスンに
通い、或る芸能プロダクションの世話で時々
はテレビやCMのエキストラやVシネとかの
端役などを回してもらっているらしい。
 考えてみれば私も学生劇団に入って色ん
なことをやった。そしてそれが後の私の仕事
につながり、ひいては今の暮らしの基となっ
ている。現時点でそれは成功という結果を
産んではいないという事実は残念だが…
これは俺の血を引いているのか?なんて
思うこともあるが、同じように育った娘のこと
を考えると血とは何だろうと思ってしまう。
 下の娘は幼少の頃はこの息子と容貌は
よく似ていたが、性格というか人柄はかなり
異なっていた。
ひょうきんで出しゃばりの息子に対して娘は
割と引っ込み思案で大人しかった。
しかし、長じて息子は我儘で好き放題、高校
生になるとグレ始めた。結果は高校を中退し
てアルバイト生活に入り18歳のときには彼女
を孕ませて所謂「デキチャッタ婚」。娘ができ
たが、その後に離婚してしまって現在に至る。
 娘は10歳のときに母親についてアメリカに
行き、誰に言われるまでもなくコツコツと勉強
して優秀な成績で高校を卒業。親に負担を
掛けることなく奨学金で大学に進み医学を学
んだ。しかし奨学金だけでは難しかったらしい。
空軍の奨学制度を得て仕事をしながら大学も
両立させ、来年度で卒業予定だ。しかもこの
春に自分で見つけたパキスタン系カナダ人と
結婚した。夫はテキスタイルの企業を経営す
一家の息子で、大学院を出たインテリだ。
卒業するまで子供を儲けるつもりはないという。
 息子も娘も赤ん坊の頃からベビーシッター
がついてネコ可愛がりに可愛がられた。特に
違う育て方をしたこともないが、私と元妻が
引き継いだもの(血というかDNAというか)
ののなかから二人それぞれが受け継いだ
ものの質なのか配列なのかの違いが、今の
二人の立場をまるで違ったものにしているの
だろう。
 人は生まれながらに性格や運命の筋道が
決まっているのかと考えてしまう。とすれば、
その資質を見出して良いほうに方向付けし、
伸ばしてやることが親の役目なのだなと、
今頃になってようやく分かってきたのだ。

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