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2013年2月

靴磨きジョセフ 5

 着古したジーパンに履き崩したスニーカーと
ポケットに少額のお金を忍ばせて、前日の雨で
ぬかるんだ斜面を訪ね歩いた。
肌の白い見知らぬ外国人を見て子供たちが「ム
ズング(白人のこと)ムズング」と囃したてる
が、にこやかに手を振って遣り過ごす。相手に
していると人だかりができてしまって困った状
況を生み出してしまうことになるのは、既にあ
ちこちを歩き回って体験していた。初めて足を
踏み込む場所で、それは避けたいことだった。
 簡単な日用雑貨を商う店があったのでジョセ
フのことを訊いてみると、キアンブ出身ならば
あのあたりだなあ…とバラックが密集する斜面
の中腹辺りを指示した。アフリカの相互扶助が
出身地を同じくする者や親族の寄り集まりを産
むが、その典型がスラムに息づいているのだ。
 粘土状の土が靴底に粘着してヌルヌルの斜面
をさらに滑り易くしていた。バラック長屋の間
の、人一人が抜けられるだけの路地を注意深く
下りてゆく。長屋は板壁一枚で繋がりあった四
畳半ほどの広さの箱の連なりで、板戸が開け放
たれた部屋から覗き見える内部は殆どベッドで
占有されていて、家具らしいものは簡単な造り
のスツールとか衣類などを入れておく箱の類く
らいしかない。
 人の姿を認めて「ジャンボ!」と挨拶の言葉
を掛けると身がまえも無しに皆にこやかに返事
をして「寄ってくかい?」「お茶どうだい?」
などと言ってくる。それは反射的に口に出る単
なる外交辞令でもあるが、暇を持て余している
人達にとってはあながち出まかせでもなく、そ
れでは失礼…と踏み込んでも歓迎されても拒否
されるようなことはない。特に同じような境遇
の者たちが肩寄せ合って暮らすその辺りでは皆
無防備なまでにオープンで危険な感じは全く無
いことに気付いた。
 暇そうにラジオを聞いていた男に尋ねてみる
と、案内してくれたジョセフの部屋はすぐ裏手
にあったが、そこに居たのは妹だった。

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靴磨きジョセフ 4

 キベラにはその前に一度行ったことがあった。
ツアーガイドをやっている友人が住む家を訪ね
てみたのだ。スラム地区として知られていると
はいってもバラックばかりが犇めいているわけ
ではない。市の中心街からのバスの終点になっ
ている丘の上の広場周辺にはコンクリート建て
のアパートもあるし公営住宅もある。丘の麓に
ナイロビダムと呼ばれる大きな貯水池があって、
そこへと続く幾つかの谷に不法建築物が拡がっ
ている、まさにその増殖のさ中だった。
 友人が暮らしていたのは市営住宅で、スレー
ト葺きの平屋が4軒づつ連なる長屋だ。日本式
に言えば6畳二間というところか。居間と寝室
に小さなキッチンとトイレ兼シャワー室という
造りの質素なもので、共稼ぎの若い夫婦が明る
い未来を信じて薄給を遣り繰りしながらつまし
く暮らしていた。
 靴磨きジョセフの暮らすキアンダ地区はその
丘の頂点からそれ程離れてはいなかった。バス
の通る一本の舗装道路を外れた急な斜面の一画
で、地面に突き立てた棒杭の柱に荒く削っただ
けの板を打ち付けて造った箱のようなバラック
が取り付いていた。
 所番地などありはしない。そこらの人に「ス
タンダード銀行の前で靴磨きをやってるキアン
ブ出身のジョセフの家はどこだか知らないか?」
と訊いて回るのだ。今考えると我ながら大胆な
行動だった。犯罪の温床と言われるスラムに無
防備にも一人でノコノコ出かけて行くなど、今
のキベラでは出来ることではない。

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