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2012年6月

元気が出る唄声

1987年、まだジンバブウェが独立後の
覇気に溢れていた時代。ジンバブウェでの
仕事が終って、丁度ロードショウ上映中で
話題になっていた映画を見に行った。
 
邦題「遠い夜明け」(原題Cry Freedom
は、当時まだアパルトヘイトを行っていた
南アフリカで獄中死した解放活動家スティ
ーブン・ビコと支援した白人新聞記者ドナ
ルド・ウッズとを描いた映画だ。
 主演はデンゼル・ワシントンとケヴィン・
クラインで監督はRアッテンボロー。日本
ではどうだったか知らないが、世界的に評
価を得た感動大作だ。
 そんな内容だから南アフリカではロケな
どできる訳は無く、撮影の多くはジンバブ
ウェで(一部はケニアで)行われたので、
地元紙が大きく取り上げて映画館には多く
の観客が押し寄せた。
 
映画のラスト、無事に国外に逃れたウッ
ズの乗る小型飛行機が遠のくアフリカの風
景に吸い込まれてゆく。そこに南ア独特の
ハモリが素晴らしいコーラスによる「ンコ
シ・シケレリ・アフリカ」(「神よアフリ
カに祝福を」=現在の南アフリカ国歌)が
流れ、獄中に居た活動家たちの名前と死因
が列記されて終わる。
 
感動的だが決してハッピーエンディング
ではない。それでも館内を埋めた人たちの
感動と昂奮が私を包んだ。
 その映画を見てホテルに戻りテレビを点
けたらジンバブウェTVの音楽番組で映画
関連した音楽を紹介していて、或る曲の
VPに目と耳が釘付けになってしまった。
 非常にシンプルなフレーズが繰り返され
るのだが、一回聴いただけで覚えてしまっ
ていた。
 
その音楽がいつまでも耳に残って、ハラ
レを発つ前に街の音楽ショップに入った。
タイトルもミュージシャン名も定かではな
かったが、若い黒人の男性店員を捉まえて、
この曲を探してるんだ…と出だしのフレー
ズ「アシボナンガー(私にはそう聞こえて
いた)」と歌って聞かせたら一発で判って
くれた。

ニヤリと笑みを浮かべた店員が一本のカ
セットテープ(当時はまだCDは一般的で
はなかった)を選んで手渡してくれた。
 それがJohnny Clegg & SAVUKA
”Asimbonanga”というネルソン・マンデ
ラを謳った曲だと言う事を後に知った。
ジョニーは非合法の民族混淆バンド活動で
危険人物と見なされ投獄もされたし、その
音楽は国内での放送規制にかかっていた。

 ついでに他にお勧めを選んでもらった中
にキュートな黒人女性が写っているジャケ
ットのテープがあって、迷わずそれを選ん
で買った。素晴らしかった。それは多分
Brenda Fassieのデビューアルバムで、そ
の後CD化はされていない筈。

  ブレンダは"タウンシップのマドンナ"
と称されたスキャンダラスな歌姫だが

薬物(コケイン)依存で2004年、39歳の

若さで逝った。葬儀にはネルソン・マン
デラも参列した。

 どちらも相当聴き込んだが、カセット
テープは日本の湿気で伸びてしまって
まともな音が再生されなくなってしまっ
たが、からくもMDにコピーしておいた

ものは今も大切な宝物だ。

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40年の歳月

  卒業以来初めて高校の同期会に出た。
北九州なので熊本からの参加には一泊
を要する。午後早めに着くようにして、
ついでに最寄り駅から高校までの道を
ブラブラしてみたが、当然ながら40
振りの風景は大きく変わっていた。
 
変わらないのは木造のJR駅舎だけだ
ったが、それも数年の後には再開発の
ために町ぐるみで姿を変えると聞いた。
201269

 しかし記憶というものは本当に不確か
なものだ。考えてみると覚えていない事
のほうが多く、脳の片隅に断片的に引っ
掛っかっている映像を手繰り寄せること
で当時の出来事や言動を思いだす。

 旧友もそれなりに姿は変わったが、話
をしていると人柄とか話振りなどという
ものは案外変わっていない。
考えてみれば、自分というものは子ども

の頃から主観的人格として連続成長して
きているので、内面的な変化というもの
はなかなか自覚し難いものだ。
 木造校舎の残滓を探しに、40年前と同
じ佇まいの石段を登ったら鉄筋コンクリ
ートの校舎があった。
201269_2

 現役高校生たちとすれ違う。こちらは
怪しい初老のオヤジでしかないのだろう。

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