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中村とうようの遺書

 ミュージック・マガジンの最新号が出て、とうようズ

トーク最終稿は遺書になっていた。

 そうか、音源や民族楽器などのコレクションを整理し

武蔵野美大に寄付して立川のマンションに移ったときか

ら、あの人はいつかあんなふうな最後を迎えようと考え

ていたのだな。

 やりたい事がまだまだあるからこそ敢て自ら命を絶つ

という考えは思いつかなかったが、それもアリかなと思

い至る。ただ、その時期の選び方は、これはもう個人の

心情の範疇でしか計ることはできない。

 私個人の感想では、それは意外に政治のゴタゴタと日

本の行く末の絶望的状況が確定したと確信した時期だっ

たのではないかなという気がしてしまう。

 湯川れい子の追悼文によれば死の前の日までは9月の

音楽イベントのことを考えていたようだから、飛び降り

決行は前夜に思いついたのだろう。

 しかし、遺書によると「決行」というほどに切迫した

緊張感は、その文章から伝わってこない。なんだか静か

にデスクに向かいながら書いている(PC入力ではなく、

たぶん万年筆での手書きではないか?)感じだ。

 アホのシンスケの引退でどこかの馬鹿が美学を持って

いるなんて言葉を使っていたが、あんなもの美学でも何

でもない。打算だけだ。

 しかし、とうようの死には美学がある。音楽評論の分

野と、ブラックミュージックや現在ワールド・ミュージ

ックと総称される音楽分野の日本への紹介に多大な貢献

をしたことは間違いない。

この内容と直接は関係ないが、おまけでイスラム世界から

のメッセージソング(音楽的には大したことない)を

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

久しぶりにコメントします

あらゆる自殺は衝動だと思いますよ。
遺産だとか家族の将来だとか、想定できそうなすべてのことに手を打って自殺する人もいる、と精神科の医者に聞きました。
私の想像ではそこまで律儀な人は欝になりやすく、律儀なことにずっと自殺衝動をおさえて段取りを踏み、これでよしというところで衝動に身を任せたのだと思います。
以上の意見をその精神科医に言ったところ、律儀な人が欝になりやすいのだけは間違い無いと言っていました。
自分が老年に差し掛かる頃にこんなことあんなことがあるものだから自分の弱体化と世界を重ね、世界の崩壊感覚が生じやすいのではと自分に言い聞かせています。
若いもののためにも世界の崩壊に手を貸さないように自重しようと思っています。

投稿: 西森 | 2011年8月28日 (日) 17時15分

そうですね。弱体化する自分と世界を重ねてはいけないね。また、世界が自分に与える影響は大きい一方で、自分が世界に対して何をしてきたか、しているか、出来るのか…なんて考えると鬱になってしまう人もいるだろう。まあ私は真面目だけど律儀ではなく、根が楽天的なのでなんとかやっているようなものです。
世界の崩壊に手を貸さない!これは銘すべきだろうね。

投稿: mbuzi | 2011年8月28日 (日) 22時20分

1982年にとうようさんと知り合い、『ミュージック・マガジン』に演劇評を書き、1991年からは、とうようさんのご協力も得て横浜で、ウォーマッド横浜をやりました。
この数年間は、全くお会いしてなかったので、自殺の原因はよく分かりませんが、多分病気から来たものだと思います。友人の医者に聞くと内臓のガンから来たような症状だと言っていました。
恐らく私の想像では、数年前からガンのことを知っており、レコード等の資料を武蔵野美術大学に寄贈したので、もうこれで良いと思ったのだっろうと思います。
最後は、足が良く動かなくなったそうですから。

投稿: さすらい日乗 | 2015年2月12日 (木) 14時20分

そうですか。いずれにしても惜しい方を亡くしてしまいました。現在の安倍政権について、とうようさんが何をコメントしたか、なんて考えてしまいます。ずいぶん更新していないブログですが、コメントありがとうござインす。

投稿: mbuzi | 2015年2月12日 (木) 22時19分

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