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2011年6月

侮るなかれ 城下町

  熊本市街に行った用事のついでに古町と呼ばれる辺り

を散策してみた。

 熊本は戦時中には市内も市外も空襲を受けたと母親に

聞いていたが、意外に江戸の屋敷町の面影を留める町屋

が残っていたりする。

Photo   といっても炎天下である。それでもなかなかに風情の

ある一角があるものだ。そしてそんな町屋が洋食屋とか

料亭、洋品店などとして再生している。果たしてどれ程

の集客があるのか、商売として成り立っているのかは分

からないが、もしうまくいっているなら嬉しい。

Purity Photo_2

 でもやはり歴史ある城下町は底力があるようだ。町屋

再生のアイディアと、それを実行する余力はあるようで、

あれらが観光の呼び水のひとつであれば力強いのではな

いだろうか。

 九州新幹線が全線開通して、熊本も観光面で勢いづこ

うと画策していたらしいが、もうひとつのようだ。

JR熊本駅周辺もなんだか閑散としていて、改築された

駅舎も新しいだけで貧相な田舎の駅という感じで集客の

魅力は無い。改装された熊本城の敷地に出来た飲食と地

元物産が売り物の観光施設も、もうひとつ集客には結び

ついていないらしい。

 どうも熊本の人はPR下手のようだ。街歩きの参考に

なるようなものがあるかと市役所に寄ってみたら、「城

下町散策町図」というリーフレットがあった。

Photo_3

勿体ないなあ、もっとちゃんとした物を作ってPR戦略

を立て、他のメディアも使ってPRしていけばいいのに。

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美術館での出会い

  坂本善三の生誕100年記念とのことで、地元の2つの

美術館で違った視点での展観をやっているので行ってみ

た。時系列で初期の画業を追う、ということでは見る価

値があるものではあった。

  で、その県立美術館の一室に浜田知明室という一角が

あって、少数の作品を継続的に紹介しているのだという。

不覚にも浜田知明の名は知らなかった。地元出身で大正

6年生まれ。94歳の今も郷里に存命の現代美術作家だ。

Photo

その業績は主にエッチング技法での版画で、棟方志功や

駒井哲郎と並ぶ日本版画界の重要人物だということも知

らなかった。

  展示室に足を踏み入れてみると10点ほどのエッチン

作品のほかにブロンズの彫刻作が並んでいた。どれも

さなものだ。しかし、その不安を潜めたモノクロの世

に引き込まれてしまった。アフリカン・アートにも通

るデフォルメされたフォルム。ダリを思わせる象徴性

秘めた図象と説話性を帯びた作品名。

この2011年の今、観る私たちに深く突き刺さるものが

ある。

やっぱり外には出てゆくものだ。こうした出会いも地

方に来た恩恵のひとつなのだろう。

その後で寄った現代美術館ロビーのフライヤーから気に

なるものを幾つかピックアップする。

九州アートゲートというプロジェクトが博多で展開され

ているらしい。これはちょっと見てみたい。

九州のアートシーンは意外と熱いようだ!

Photo_2

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ああ無常、無情

私の知人である作家、宮内勝典さんの

HP「海亀日記」からの転載です。                            

2011年6月16日            

【転送歓迎】   

小出裕章氏が重大な発言をしておら

れます。メルトダウンしたウラン燃料

は原子炉外部の金属容器を溶かし

て、すでに地下へ沈みつつある疑い

があるそうです。現実に、福島原発

の地下水から放射能が検出されて

います。  もしもそうだとすれば、最

悪のメルトダウンで、もう原子炉を

冷やすことさえできません。  

恐ろしい事態かもしれませんが、

動画が削除される前に、ぜひご覧

ください。できれば、どなたかこの

動画を記録保存しておいてくださ

いませんか。わたしには、その

やり方が分からないので。           

http://real-seo.net/morning-bird.html

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地方の現実、バカボンの事実

  転入手続きのために町役場へ行った。町民人口14

人強の小さな町だ。なんとまあ閑散としている役場だこ

と。職員数が少ないのはあたりまえだが、それでも1日に

こなすべき仕事量などたかが知れている。みんなデスク

着いて何かしているが、そんなにやることがあるのだ

ろうか?

当然ながら、順番を待つことなく手続きはすぐに済んだ。

 ついでに免許証の住所変更をしておこうと思ったら、

の警察署まで行く必要があるという。郡が無くなり、

2005年に市と21村が合併して新市制となった。

それでも市の人口は5万人強。

 名水と渓谷、温泉が呼びものの市ではある。九州新幹

の開通に伴って熊本駅から温泉行きの急行バス(40

位)が走るようになったらしいが、ガラガラだとか。

市警がある中心部でさえ人通りも車の通行も疎らだ。

商店街も閑散としていて、まるで開店休業状態。

 この現状に、市はどんな施策を考えているのだろうか

…というか、市民として自分は何をすることができるの

を考えることはこれからの課題だろう。

これは都市問題や原発問題と同じレベルで、日本全体

問題として考えないといけない事だと思う。

 さて調べてみると、この市に実在する中学はバカボン

パパの出身中学ということになっているのだそうだ!

赤塚センセイとの関係と、その意図するところについて

調べてみる必要がありそうだ。

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脱首都圏

  この10日ほどは大変だった。急遽実家へ戻ることにな

り、家財道具などを整理・処分するために、連日朝から

夜まで一人で動き回っていたのだ。

 そしてやっと全て片付け終わって610日、羽田空港

ら飛び立った。

 これまでは都会生活人の視線で発言してきたけれど、

れからは地方在住者の視点でいろいろ考えることにし

よう。

 さて今、九州は梅雨の真っただ中。雨季なのだ。これ

首都圏ならば、放射性物質を洗い流すちょっとした救

いの雨ということになるのだろうか。しかしここではこ

れからの田植えと、夏の収穫を迎える農産物の生育に不

可欠な慈雨である。

 はっきり言ってもう原発事故は終息不能で、いまさら

相の首を挿げ替えたところで何も変わりはしない。

それは税金ドロボーである政治屋たちの誰もが分かって

いる事なのだ。早晩奴らも首都圏移転などを言いだして、

自分たちの安全に走り出すに違いない。

 脱首都圏!暗雲たちこめるニッポンの次のキーワード

なるだろう。

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Chris Botti in Boston

  実は急遽実家へ戻ることになって、今大急ぎで引っ越し

というか、引き揚げの諸々をやっている。

家財道具の殆どは処分しているのだが、いやいやなんと

書類の多いことか!書いたものや資料など、とりたてて

必要ないものを振り分けて捨てるのだが、出てくる出て

くる!

  それと写真類が多いことに改めて驚く。アフリカへ行

く前から撮っていたネガやプリント。アフリカで撮りた

めたスライドに家族の記録…などなど。実家に落ち着い

たらきちんと整理し直す必要がある。そのうちアフリカ

で撮った写真専門のブログも始めよう。

  …と考えながら一服する。音楽はクリス・ボッティが

ボストンポップス・オーケストラをバックに、スティン

グやスティーブン・タイラーなどのゲストボーカリスト

を交えて吹き込んだライブ・イン・ボストンだ。CD

DVDが付いていて、たまたま入ったタワーレコードの店

先で流れていたDVDに見入ってしまった。

 実家に戻ったら暫くはトランペットが吹けなくなりそ

うだ。

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