« 悪人 | トップページ | 本を整理しながら »

民主化と人の暮らし

 チュニジアから拡がっていったらしい北アフリカ、中

のアラブ圏の民衆蜂起。あれをもって「民主化」とい

う呼び方をしていいのかなあ…と思っている。確かに社

会変革を求める大衆運動だろうが、マスコミが喧伝して

いるような見方には疑問があるのだ。

私は1980年代初頭から1990年代中頃までアフリ

で生活した。そしてアメリカ主導の西欧先進国が「民

主化」を旗印に原理的資本主義を導入して社会構造の変

質を迫り、その結果どのような事が起こったのかを実地

に見てきた。それは『民主主義の枢軸』が寄ってたかっ

て強制したものだ。

 かつて『暗黒大陸』アフリカを『開拓』した急先鋒は

リスト教組織だったという事は歴史が証明している

が、20世紀の末期に急進的な『資本主義化』の手先とな

って圧力を掛けたのはWorld BankIMFだったことを知

っている人は多いだろうか?

しかもそれは先進国の経済を成長させるために企てられ

ものであって、途上国や後進国のためのものではなか

った。経済援助と制裁という、アメと鞭を巧みに操って

『西欧的基準の民主化』と『経済の自由化』を迫ったの

だ。

Structural Adjustment Program、一般的にSAPと呼ばれ

ものがそれで、負債ばかりを増大させるアフリカ各国

政府に対して国営事業の大規模な民営化を強要、人員整

理と機械化、IT化を推し進めた。そうした経済構造の改

革を行い、一党独裁から多党制への移行を促していこう

というものだったが、これにより公社体制で行われてい

た電気や通信・交通といったインフラの整備・保全と

給が民間企業に移されて多くの失業者を産み、貧富格差

の助長と治安の悪化を招いたのだった。

 独立後たかだか20数年を経たに過ぎない発展途上の

会は、未だ大衆の意識の上で民主化の土壌は暖まって

はいなかった。

しかもそこはアフリカという歴史的にも文明的にも西欧

界とは異なる社会、物質よりも精神の豊かさをこそ至

上のものとする風土が培われてきた世界だ。

資本と経済力がなければ幸福が成就しない物質至上の世

を作り上げ、貧しい者の憧れを煽り、そうした現代的

生活の基盤であるインフラを左右する経済制裁で脅しを

掛けた。

つまり経済援助と引き替えに多くのアフリカ各国が独立

来採ってきた一党独裁制を多党制に変え、『民主的』

政治体制への変更を余儀なくさせたというわけだ。

しかし一般大衆には『民主化』ということが何を意味す

か、はっきりとは分っていなかった。個人が勝手に主

義主張を声高に出来る自由、と単純に受け取っている者

は少なくなかった筈だ。

同じ事を考えるうえで、イラク情勢のニュースで忘れら

ない映像がある。解放を謳うアメリカの報道陣をよそ

に金品の略奪がエスカレートする中で、或るバグダッド

市民が叫んでいた。

"Is this  what American call freedom?"

それを見たラムズフェルドはアメリカ国防省の記者会見

で、ニヤつきながら「それも自由だろう。解放の喜びに

っているのさ」とうそぶき、誰もその言葉に食ってか

かる者は居なかった。

 民主政治の御本尊を自負するアメリカ本国にあって、

や民主制とは金力のある一部階層の声と意向を反映す

る政治体制以外の何もので もなくなってしまっている

ではないか。

独立以来のアフリカに独裁的政治体制を強いて来たのも

た、富の増殖だけを念頭に置いた植民地政策をとる

『西欧列強』だったということを考えなければならない。

その地域の民族状勢などを無視した国境によって区切ら

た国にとって、民族や文化を異にする民衆を統治する

には或る程度独裁的で強圧的な国家元首の存在無くして

はまとまりがつかないということもあったのだと、あの

世界に十数年暮らしてきた私は理解する。

アフリカの国々では一国で数十から百以上の部族を抱え

いる事は珍しくない。それぞれに言語も宗教も風俗習

慣も異なる人々の集団をとり纏めることは簡単なことで

はない。

かつての部族社会では近接する部族同志の交流のなかで

まりのついていた事柄が、大きな国家という単位を維

持するなかで利益を共有し安寧を継続させてゆくには、

どこかで誰かが我慢したり不遇に甘んじたりしなければ

ならないこともある。

そのことが自国内で搾取の構造を助長させてきたという

ともまた、ひとつの事実だ。そしてそれを可能にさせ

ていたのが一党独裁と全権を握る国家元首の存在だった

ということを、長年のアフリカ生活で私は実感できてい

た。

独裁を肯定するのではないが、その国の成り立ちや背景

考えると、たかがアメリカのスタンダードで割り切れ

るようなものではないということは歴然なのだ。

イラクがどのような情況にあったのかを考え、アメリカ

どういう態度をとったのかを振り返ると、何故に私が

アフリカを引き合いに出したのか理解出来ることと思う。

 そして昨今の北アフリカ、中東情勢だ。さすがにソマ

アやアフガニスタン、イラクで学習を積んだアメリカ

は、今は簡単にはリビアへ手を出しはしない。

エジプトやリビアからあまり離れていないエチオピアか

戻って、大震災下の日本で、そんなことを考えている。

|

« 悪人 | トップページ | 本を整理しながら »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/529115/51118161

この記事へのトラックバック一覧です: 民主化と人の暮らし:

« 悪人 | トップページ | 本を整理しながら »