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2010年10月

今、デモるとき

ちょっと黙っていられなくなっている。                                 

国は今、思考停止の機能停止状態で、円高を傍観し、中国にも                 

アメリカにもいいようにやられているばかり。                            

英語ではこういう場合には"Japan has been raped"という。                   

国会前は言うに及ばず日本の各地でデモをかけるべきときだ。                 

国会内でファッション撮影をやっただのなんだのは、全くもって                  

どうでもいいことで、そんなことに時間を使っているうちに国の                  

借金は増え続け、失業者は増え続け、自殺者は増え続けて                   

いるのだ。                                                

議員削減だの、歳費削減だの口に出しても誰も本気でやる                   

つもりはないのだし、国会議員なんてただの税金パラサイト                    

でしかない。

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APEC警戒中の出来事に思う

 APEC(Asia -Pacific Economic Cooperation)の会議で
鉄道の駅や街なかに警官の姿が目立つようになっている。
個人的には、この日本で、APEC狙いで何事かのテロが発生
するとは思えない。しかし具体性はともかく、相当数の警察官
を投入して不審な人や物などを警戒しているらしい。
でも、「不審」って何を基準に判断されているのだろう?
最寄りの駅に向かっている途中、そのヒントになる嫌な光景に
出逢った。
Apec  朝、駅前の広場に近付いた時、二人一組で立哨する警官が見
えた。アフリカあたりではよく見かけるもので、それほど目を
引くことはないのだが、どうも日本では違和感がある。
私鉄からJRの駅に続く広場を通り抜けようとしたとき、通勤通
学の人の流れを縫って二人の警官が動き出すのがわかった。
何だろう…と訝る。と同時に、通行人の群れの中で誰かが大声
を発した。何が起きたのだろう?
急ぎ足の男に追い縋る警官が見えた。警官二人に挟まれている
のはアフリカ人の男(私には、アフリカン・アメリカンとアフ
リカン・アフリカンなどの違いは一目で分かる)だった。
突然現れた警官に何かを告げられたらしい。その言葉に反応し
たのだ。
「I'm in a hurry. 」20メートルほど先のJR改札を指差しながら
興奮気味に繰り返す。
在日アフリ人の多くは流暢に日本語を操る。私の勘では恐らく
ガーナ人だと思われるその男は、敢て英語を使っているような
感じがした。
「Let me go! いそいでるの! Don't touch me!」
腕を掴まれたらしい。目撃は出来なかったが、警官がどういう
態度でアプローチしたのかは想像がつく。
 急ぎ足にJR駅改札へ向かうアフリカ人。その様子を目にして
「いきますか?」と相棒に目配せする一人。頷くより速く足を
踏み出す警官。忙しない足取りで乗り換え駅に向かうアフリカ
人の肩を不躾に叩いて、「チョット」続いて「ガイコクジント
ウロクショウ!」とでも居丈高に言ったに違いない。
こうした場合の警官は先入観にドップリ染められていて、威圧
的で不躾で不埒なのだ。
 或るナイジェリア人青年は、新宿歌舞伎町で警官にあらぬ嫌
疑をかけられて一方的な暴行に遭い、障害者にされてしまった。
現在、裁判で係争中だが非情にも不利な展開となっている。
 私の息子は成長するに従ってアフリカ人の血が顕著に顕われ
ていった。直毛は変わらないが肌の色は濃くなって、子どもの
頃はどちらかといえばアジア系に近かった顔つきも、細長く彫
りが深くなり、北部アフリカ出自に見られるような容貌に変わ
った。
その息子が車を運転していた時、信号待ちしていたら警官に窓
を拳の先でノックされた。窓を開けたとたんに言われた言葉は
「ガイジン登録証!」だったという。交通違反を犯したわけで
も危ない運転をしたわけでもない。近所で事件や事故があった
としても、普通だったら「すみません、免許証拝見させてくだ
さい」と言うだろう。
その時運転していたのは紫色のBMWコンバーチブルで、高級
車窃盗団のガイジンではないか…とでも睨まれたに違いない。
 で、あのアフリカ人だが、数分の押し問答、と言っても若い
警官は興奮気味に英語でまくしたてられて気押されたか、男を
解放してスゴスゴと広場に戻っていった。
私はホッとした。もし彼が連行されでもすれば、どんな結末に
なるか、ついて行って見届ける必要があるとも思っていたのだ。
警戒中の警官にとってホームレスやガイジンは恰好の餌食で、
そのガイジンが中東系や黒人であろうものなら「不審者」と
看做されるポイントは高い。
検察の不祥事が問題になっているが、警察の不祥事は履いて捨
てるほどそこここに転がっているに違いない。
うちの息子、イスラムの名前まで持ってるし、大丈夫かなあ?

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30年ぶりの荻窪

 中央線に乗っていたら荻窪を通過した。アフリカに行く前
に住んでいた町だ。この数年のうちに3回程降りてはいたが、
ちゃんと歩いていないなあと思い出した。
曇天続きから久しぶりに晴れ間が出た日だ。急ぐ用事がある
わけじゃない。ということで高円寺から引き返した。
 荻窪駅そのものがあまり変わっていないことは知っている。
でも駅前の風景は一変している。それでも、北口階段を上っ
たすぐ右側に古くからあった焼き鳥屋「鳥もと」は1年半ほど
前に来た時には、まだあった。…が、去年の8月に閉店したと
のことで、跡はビル工事中。20メートルほど場所を移している。
飲み屋らしい味はあるが、戦後の面影を残していた元の雰囲気
はない。
Photo わずかに残る駅前商店街の一部が以前の姿を止めている。
よく本を持って居座った渋い喫茶店。「邪宗門」は昔のままだ。
電車から見えた中古レコードの店を目指す。
Photo_2 「月光社」は当時と全く同じ店構え。CDも扱っているとはいえ、
レコード屋の看板のとおり、今も多くのLPレコードが棚を埋め
ているのがうれしい。よくやっている。マニアには亡くしてなら
ない店としての存続価値があるのだろう。儲からないだろうなあ。
Photo_3  青梅街道から天沼神社へ続く八幡通り商店街へ向かった。
毎日通った道だ。行きつけだった居酒屋は無い。というか、当時
あったと記憶していた商店の面影はどこにも無い。
道路だけを残して、建物ばかりが新築・改築されたみたいで、
神社さえもが、記憶のものとは様子が違う。
 東京に出てきて最初に暮らした四畳半一室の長屋風アパート
がもう無かったのは当然だが、大家さんの表札は見つけること
ができた。
 あの頃から自分はどう変わったのだろうか。外見は町と同じ
ようにガラリと変わっている筈だ。でも内面がそれほど進化し
たかどうか?
月光社で買ったCD「大江光の音楽」を聴きながら考えた。

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