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2010年3月

人類の故郷から日本へ

P1020122  エチオピアの変貌と行く末について書いたが、では彼らにとっ
て、また私達にとって何が幸せなんだろう?
街は綺麗になり、いわゆる近代的で清潔な住環境が整っている。
街中にもアパート群が建ち、新しい車が走り、ビル群が広がって
商店には中国製と思しき商品が溢れていた。
でもそんな変貌の様子はケニアで目にしてきたことだ。そのよう
に世界中の至る所で「近代化」が推し進められている。
「グローバリゼーション」とはよく言ったものだと思う。
 仕事が終わって私はまた元の失業者に戻ったので、久しぶりに
最寄りのハローワークに行ってみた。相変わらず職を求める人で
ごった返していた。何も変わっていない。
人類の故郷から墓場へはひとっ飛びだった。

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世界はどこへ向かおうとしているのか

 17年ぶりのエチオピアは大きく変化していた。首都のアディス
アベバについて言えば、街を大きく周回するように高速道路を整
備中で、多分今年中には完成するだろう。また、首都周縁には新
興の住宅街が建設中で、かなりちゃんとした一軒家やアパート群
が建ち並ぶ地区が相当な広さで完成を待っていた。
人口は軽く100万を超える大都市ではあっても、誰がどのように
してそんな都市計画を立てて実行しているのか?
現地のコーディネーターに聞くと、ドイツが援助しているとのこ
とで、中間層にしっかりとした生活基盤を持たせるためだとか。
道路整備は他のアフリカ諸国の例に漏れず中国が主導権を握って
いるし、私の滞在中に見たTVニュースではイタリアの肝入りで
南部エチオピアのオモ川に大規模な水力発電のダム(既にあるの
に更に増やす)を造るとの事。
また、数年前から付加価値税(Value Added Tax、日本の消費
税のようなもの)を15%取るようになり、それを財源にインフ
ラ整備を押し進めているという。
 エチオピアから強力な地下資源が見つかったとか、新たな産
業がうまれたとか、これまで以上に農産物が実ったということ
は聞かない。援助国の雇用や産業維持とか発展のためだとすれ
ば頭が痛くなる。去年も今年も異常気象や飢饉が顕著なうえに、
さらに環境破壊が進展してしまう。貧富の差、格差社会が蔓延
する。見事な高速道路を走り建設中の住宅街を見ながら、そん
なことを考えていた。P1020116_4

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人類の故郷から

P1020093  エチオピアのハダールは人類の故郷と呼ばれる。
私達はついつい出自とかアイデンティティとかいう、過去方向に
遡って自分を知りたがる傾向がある。でもやはりこれからどこへ
行こうとしているのか、そちらが大事なのだ。
写真は、320万年前の猿人の化石が出てきた地域。それは枯れ川
と灌木以外は何も無い世界。映画「猿の惑星」のラストではない
が、今は繁栄する都会であっても未来には砂漠になっていない保
証は無い。というよりも、そのようになる可能性の方が確実に大
きいのだ。しかも現在の環境変化を考えると、それは着実に数万
年どころの単位ではなく、遥かに速い速度でやって来る。
自分の、というよりも世界の向かう方向に思いを馳せたハダール
だった。

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護衛に囲まれて

 ようやく仕事の山を越えて、一息つけることに
なって久しぶりに書きます。
エチオピアの北東部、リフトバレーを下ってぐっ
と高度が下がるとカラカラの砂漠地帯になる。
アファル盆地はイスラムの世界で、そこに1974
年320万年前のアファル猿人の化石が出た発掘地
がある。今回の仕事ではそこにも行ってきた。
アファル族は戦闘的な遊牧民で、エチオピアが前
の軍事独裁の社会主義政府を倒した時の反政府勢
力の一翼を担ったのがアファル解放戦線だった。
 今回そこに行くにあたって、私達は厳重に護衛
された。AKを抱えた4人の民兵と二人の政府軍が
一緒の写真がこれです。

P1020087

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エチオピア再訪 2

インジェラについて説明していなかったので、説明します。
エチオピア人の主食で、テフという穀物の粉を水で溶いた物を
寝かせて発酵させます。それを鉄板の上でクレープ状に焼いた
ものがインジェラです。写真の、お盆一杯に広げてあるのが
それで、基本は一枚が一人前。写真のものは2人前なので、丸
めたものが乗せてあります。少し黒っぽい、または灰色っぽい
色で味は勿論酸っぱい。上に乗っているソース(シチュー)と
一緒に右手でちぎって食べます。写真のソースは上から時計回
りに、ひき肉(塩味)、豆(オレンジ色のもの、辛くない)、
内臓の煮物(香辛料を使っているけど辛くはない)、ジャガイ
モの煮たもの、ほうれんそうのような野菜の煮たもの、鶏と
ゆで卵のシチュー(ドロ・ワットと呼ばれる、代表的なおかず。
辛い)真ん中にあるのは野菜サラダ。エチオピアの人は朝から
3食、おかずを変えたり少しアレンジしてインジェラを食べま
す。これを食べ続けると指が香辛料臭くなります。
 次に、有名なコーヒーセレモニーの写真を。
炭火を起こし、目の前で煎った豆から立ち上る香気を楽しんだ
らすり鉢で砕いて壷に沸いたお湯に入れて煮出します。
濃いのでデミタス・カップで、砂糖を匙2〜3杯分たっぷり入れ
て飲みます。お茶うけ(というかコーヒーうけ)はポップコー
ンと決まっています。
P1010769

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エチオピア再訪 1

 今週末から編集が始まる。その準備がようやく一息ついて、
やっとブログを書く事ができるようになりました。
考えてみると、エチオピアは最後に行ったのが1993年だから、
もう17年も前なのだった。町がまた大きくなって建設ラッシュ。
なんと高速道路が首都をぐるっと巻いている。細かなことは落
ち着いたら改めて書きます。
まずは懐かしいインジェラの写真を貼付してお著を濁します。
 今まで気が付かなかったけど、ページに写真を貼り付ける方
法が分からなかったのです。なんとも…
写真のものは古都アクスムのちょっと良いホテル(私達が泊ま
っていたホテルじゃない)の、観光客向けの郷土料理レストラ
ンのもの。旨かったけど、前日に食あたりして調子が悪く、あ
まり食べることができなかったのです。P1010787

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