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「インパラの朝」と開高 健ノンフィクション賞 1

 第7回開高 健ノンフィクション賞受賞作「インパラの朝」を
アメリカ出張の往復を利用して読んでみた。
実は同賞には以前応募したことがあるし、注目は続けている。で
も前回あたりから選考に疑問があった。選考委員に起因するのか
選考基準そのものに起因するのかわからないが、私が信ずる開高
賞に値するものか?と思ってしまう。
開高の洞察とツッコミ、深みと軽さ、広い視野と細部への視点、
そうしたものの片鱗は、開高賞作には欠かせない筈だ。
 さて「インパラの朝」という著作。私には旅の断面と時々の印
象を小間切れにした羅列で、エチュードの域を出ていない。
各章は、そこから語られるべき何かのタネの状態で放り投げられ
ているし、文章はなにやら悪ぶった感じばかりがする。かなり意
識して作った文体のようだが、30代始めの女性の文章としては自
然さに欠け、描かれているその行動と同じく、一人よがりのツッ
パリだなあとしか思えないのだ。
 そして一番気になる点は著者の思考回路だった。サラリと読め
ば旅の始めと終わりでは著者の物の見方が変わっていったかのよ
うに感じるかもしれない。実際そのような記述もある。世界の声
無き人たちの声を聞き、姿を見るために同じ地平に立とうという
のが旅のモチーフで、著者は少しずつ視点を変えていったとされ
ている。でも結局は最初から最後まで、大上段に構えた世界との
対峙の仕方は変わっていないし、彼女の持つ先進国vs途上国、富
者vs貧者といったカテゴライズされた固定観念の図式に変化はな
いのだ。
 私は13年間アフリカに暮らし、恐らくただ日本に暮らし続けて
いたら経験するだろうことの数倍以上の様々な体験を重ねた。
それでも私はいまだに「アフリカとは**だ」とかいう物言いは
出来ない。それほどに世界は多様性があって、私の見聞きしてき
た物事は、アフリカの持つ一部でしかないと思うからだ。

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