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追悼マイケル・ジャクソン

 忌野清志郎は単なるファンだったけど、MJはちょっと評価が
違う。世代や国境を越えた世界規模のイコンに違いない。
どこかで発言されていたように、オバマ大統領が生まれたバック
グラウンドの一要素にMJの果たした役割は欠かせないと思う。 
それは、彼の生き方や表現を通して、人種や肌の色やイデオロギ
ーを越えて共存することの大切さをアピールし続けたからだ。
整形や薬品を使ったと思われる顔貌や肌の色の変化は、自らの体
を使った究極の意思表示だったのだろうと思う。そして恐らくそ
れが原因で死期を縮めてしまったのではないかなと想像する。
MJは殆ど発言を残していない。無駄口を叩くことなく、歌い、
踊るなかにメッセージを発し続けた。
よく知られているWe are the world('85) Black or white('91)
Heal the world(92)などは歌と作詞・作曲だけでなく
ビデオ・クリップでも印象的な作品だが、今回改めてジャクソン
ファイブ時代からの歌を聞き直して、じつはもうあの時期に同じ
ようなテーマが芽生えていたのではないかと気付いた。
I'll be there('70) Got to be there(71) Ben('72) Happy('73)
など、勿論のこと作詞作曲は別人ではあっても彼の目指す音楽の
片鱗が伺える。
そして何よりも心を撃つのはその声だ。
「天使の歌声」という言い方があるが、まさにそれだ。永遠の少
年性を秘めたビブラートがぐいぐいと滲みてくる。
ともすると80年代以後のヒットばかりが取り上げられがちだが、
私はMJの本随はあの辺りにあるのではないかと思う。
多分MJはもう、表現者としての活動は終末期を迎えていたのか
もしれない。オバマ大統領の就任を目にして、彼にはやり残した
ことはあったのだろうか? イギリス公演は過去の清算のつもり
だったのではないかとさえ思う。
多分生涯最後となるであろうツアー直前の急死は、或いは…
予期された投薬事故では…
そんなことを感じながらHappy('73)を聴いていた。
涙がこぼれそうになってしまった。

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