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眼鏡から考えた事

 一昨年から毎日朝から晩までパソコン画面を見る仕事を始め
て以来急に視力が落ちた。
近視は高校に入る頃に始まったことで、ここ数年は電車で新聞
を読みづらくなっていたから老眼になっていることも分かって
いたが、果たして緑内障や白内障とか他の何かの病気などない
かも含めて調べるために眼科に行った。
果たして単に加齢のために近眼が進行しただけとのこと。眼鏡
を掛けていても0.4しか見えていなかったことがわかった。
考えれば最後に眼鏡を作り直したのは10年以上前のこと。合わ
なくなるのは当たり前だ。
ということで作り直そうと眼鏡屋に行ってみた。
 最近のフレームデザインはレンズ部分の面積が小さい。使っ
ていた眼鏡も、当時としてもなるべく大きめのものを探して作
ったが、今はもっと小さめになっている。気に入るデザインが
無かったので、その昔買ったけど長く使っていなかった大きめ
のセル・フレームを利用してレンズだけ買おうと思ったら、そ
うすると高く付くことが分かった。今はファッション性の高い
フレームとレンズを組み合わせで安く売るようになっている。
フレームは中国製で、レンズはHOYAとかNIKONとなっている
ようだけどセット販売用の廉価版だという。多分これも中国で
生産されているのだろう。
 今は食べる物でも着る物でもなんでも、国産を選ぶにはそれ
なりの料金を払わないと暮らせないのだ。
それはもうこの国に暮らす人は、誰にも分かりきったことにな
っている。できたら国産の物をと望むけれど、経済的な事情で
そうはいかなくなってしまっている。

 学生時代を過ごした京都のことを思う。卒業して暫く、呉服
業界相手の雑誌と広告制作の小さな会社にいた。老舗の呉服屋
さんを訪ねるなかで、京都の商人の閉鎖性に辟易させられた。
今になって分かる。その当時はそれが何世紀にも何世代にも渡
って彼らの生活を維持させてきた装置だということが理解でき
ていなかった。それは呉服業界だけの事ではない。
 英語で言うsustainabilityは、或る状態を継続的に保ち続けて
ゆけること。たとえば何百年の歴史を保つ和菓子の店は、茶道
や寺社との関係の中、そうした文化の中に生きる住民が生活様
式を保つなかで生き続けている。そうした生き方全体に流れて
いるのがsustainabilityということだ。
 そしてそれはまた、不徳の利を望まず「足るを知る」生き方
に裏打ちされているものだと理解している。
踊りに使う扇子だけを作り続けている職人。別に贅沢な暮らし
を望まず、困らないように日々の暮らしを送って子孫を残すこ
とのできる生業。「早く安く沢山」なんてことを目指す事なく、
こだわりを持って納得のいく仕事をこなすことで自他共に認め
られる人間的な暮らし。今誰もがそこに立ち返ることは出来な
いに違いないが、そうした生き方を考えることは出来る。
 なんてことを思いながら、財布と相談してセットで5千円の
眼鏡を注文した。レンズが小さいので慣れるまでは少々違和感
があるが視界は良好。薄着の季節になって女の子たちの姿が色
とりどりで奇麗になってきたことだし、せめて目の保養を楽し
ませてもらうことにする。

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