« 眼鏡から考えた事 | トップページ | 扉をたたく人〜人権迫害の現実〜 »

J.M.クッツェーと村上春樹

 村上春樹の1Q84が異常に売れているらしい。エルサレム賞の
受賞がニュース沙汰になって、ファン以外にもその名が知れ渡っ
たことと出版社の戦術が見事に当たったということだろう。
私は村上春樹の愛読者じゃない。ごく僅かな著作しか読んでいな
いのであまり多くを語る事は出来ないかもしれない。でも何故に
あれほど評価されているのかが全く分からない。ノーベル文学賞
の候補が取沙汰されているというのも、多くの国で翻訳が出版さ
れいて世界中に愛読者がいるということもよくわからない。
いくつかの作から判断するだけだが、スタイリッシュで都会的な
内容が世界レベルで共感を呼ぶものなのか?腑に落ちない。
多分、いわゆる西欧の先進諸国では或る程度共感を得られるかも
しれないが、世界の多くの人口からは到底熱心に読まれるような
文学ではないのではないかと思う。いや、それ以上に日本でも都
市生活者の一部にしか通用しないんじゃなかろうか。
文学も都市化が進んでいるということか?
村上の著作は私にとって、ちょっと内省的な通俗小説という以上
でも以下でもない。

 J.M.クッツェー(John Maxwell Coetzee)は南アフリカ出身の
作家で、2003年のノーベル文学賞を受賞した。
 クッツェーと村上を比較するのは変だろう。でもここで私が言
いたいのは、描かれている世界の質の違いについてだ。
クッツェーの著作は普遍的な人間存在を描く。その背景が南アフ
リカであっても、およそ読者の属する文化や生活環境からかけ離
れたストーリーであっても、読者に切実で世界的視野で捉えるこ
とが可能な問題提起をする。
そういう意味でノーベル文学賞にも納得できるのだ。
 一方の村上は、先のエルサレム賞での壁と生卵を比喩に使った
コメントは稚拙で、マスコミや文化人面した連中が評価した程の
ことはない。
あれが村上にできる精いっぱいの発言で、そこに彼の、世界との
スタンスがはっきりと現れている。
もう私は村上作品を読む気はないが、クッツェーはできたら全作
を、幾つかは原文で読んでみたいと思っている。
 ちなみに「恥辱」(早川書房)の訳者は鴻巣友季子さん。
アフリカファンの出版関係者グループの一員だった方で、以前に
何度もケニアで旅行手配をした。気鋭の翻訳家であるばかりでな
く、エッセイや書評にも優れた文筆家だ。そのうち自身の優れた
小説を発表されるのではないかと密かに期待している。

|

« 眼鏡から考えた事 | トップページ | 扉をたたく人〜人権迫害の現実〜 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/529115/45438662

この記事へのトラックバック一覧です: J.M.クッツェーと村上春樹:

« 眼鏡から考えた事 | トップページ | 扉をたたく人〜人権迫害の現実〜 »