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2009年6月

扉をたたく人〜人権迫害の現実〜

 映画「扉をたたく人」の原題はThe Visitor。いくつも世に出て
いるポスト9・11映画のひとつだ。地味な低予算映画ながら「ア
メリカの良心」がストレートに表現されている佳作。
ちょっとインパクトには欠けるけれど、近頃にしては原題の意を
汲み取ってうまく付けられた邦題ではないだろうか。これは、見
た人にはすぐに理解できることだと思うので、敢て述べない。
この10年ほどの間に日本でも愛好者が増え続けている西アフリカ
の太鼓ジャンベ(ジェンベとも表記されることもある)が物語の
キーとして表象されているが、できたら、何故あのサウンドとリ
ズムが主人公の心を掴んだのかを丁寧に描いて欲しかった。
それはそれとして、ストーリーの核となっている不法移民の拘束
と放逐の問題は多くの日本人にはピンと来ないだろう。
そのあたりを補追するものとして私の体験を紹介したい。
 私の元妻はソマリア系ケニア人で、1989年にケニア政府が行
ったソマリア系国民に対するスクリーニングという差別政策で
体験した苦々しい思いが蘇った。少し長くなるが、私が書き綴っ
たノンフクションがあるので、その一部を抜粋する。
・・・・・ 
 1982年9月からケニアに暮らすようになった私は198
4年にソマリア系ケニア人の娘と知り合い、その翌年に結婚し
た。そうしてソマリア人たちの社会の一員となるにつれて、私
はソマリアという国と人そしてケニアとの関係を内側から知る
事になった。
 当時ケニア国内のソマリア系の人口は約30万人で、全国民
(当時は約1800万人)の1.7パーセント程だ。ケニアの民族構
成は大きく3つの言語グループに大別される。バントゥ、ナイ
ロート、クッシートで、この順に人口に占める割合が多い。
クッシートの中では比較的に大きな割合を占めるソマリア系の
人達だが、同じ民族で構成されているソマリアという隣国があ
ることから、何か問題を起こしたりすると「国に帰れ」という
ような言われ方をされることがある。

 こうしたケニアのソマリア人問題を考えるときに象徴的な出
来事として思い出されるのが1989年の暮れに行われたスクリ
ーニングである。
 スクリーニングというのは英語の動詞screenの動名詞で
『篩にかける』という意味だ。他の部族と区別してソマリア族
だけを国民としての身分を選り分けようという政策によるもの
で、日本では殆ど知られていないだろうが南アフリカのアパル
トヘイトに匹敵する人種差別政策だったと私は思う。
 事の発端は、ソマリア人の多いケニア東北部に頻発する野盗
事件とされている。確かにバスが襲われたり村が焼き討ちにあ
って家畜を含めた財産が略奪されたりするという事件が繰りか
えし起こり、社会的・政治的な問題となっていた。
 「野生のエルザ」で知られるジョイ・アダムソンの夫だった
ジョージ・アダムソンが、東北地方のコラ自然保護区で野盗に
襲撃され射殺されたのは1989年の8月20日のことだった。
犯人は“somali shifta" であるとされている。シフタとは元は
ケニア独立以前、現在の北東州(north eastern province)が
北方境界郡(northern frontier district) と呼ばれていた時代
から暗躍していた民族独立闘争のゲリラ集団を指していた。
その後、当時のソマリア大統領が標榜した、ケニアのソマリア
人地域をソマリアに組み込むという「大ソマリア主義」による
覇権抗争が起こった1970年代後半に、地域の民兵と混ざり合
った政治的戦闘集団の残党が現在のシフタとして残ったとされ
ている。
しかし今では完全な野盗以外の何者でもない。マシンガンで武
装した彼らは村に焼き討ちをかけたりバスや車を襲い、金品を
略奪し娘を連れ去り人々の命を奪う。
 いずれにしてもそうした良からぬソマリア人と、遊牧民感覚
そのままに傍若無人に越境していつの間にか住み着き、ケニア
の政治や経済に食い込んで私腹を肥やしている一部のソマリア
人を追い出そうという政治的意図がこのスクリーニングの背景
にはあった。
そしてスクリーンニングによってケニアの国土に生まれ育った
者かどうかを判別することになった。その方法というのは、ソ
マリア人のクラン(氏族)社会という特性を利用したものだっ
た。(2へ続く)

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J.M.クッツェーと村上春樹

 村上春樹の1Q84が異常に売れているらしい。エルサレム賞の
受賞がニュース沙汰になって、ファン以外にもその名が知れ渡っ
たことと出版社の戦術が見事に当たったということだろう。
私は村上春樹の愛読者じゃない。ごく僅かな著作しか読んでいな
いのであまり多くを語る事は出来ないかもしれない。でも何故に
あれほど評価されているのかが全く分からない。ノーベル文学賞
の候補が取沙汰されているというのも、多くの国で翻訳が出版さ
れいて世界中に愛読者がいるということもよくわからない。
いくつかの作から判断するだけだが、スタイリッシュで都会的な
内容が世界レベルで共感を呼ぶものなのか?腑に落ちない。
多分、いわゆる西欧の先進諸国では或る程度共感を得られるかも
しれないが、世界の多くの人口からは到底熱心に読まれるような
文学ではないのではないかと思う。いや、それ以上に日本でも都
市生活者の一部にしか通用しないんじゃなかろうか。
文学も都市化が進んでいるということか?
村上の著作は私にとって、ちょっと内省的な通俗小説という以上
でも以下でもない。

 J.M.クッツェー(John Maxwell Coetzee)は南アフリカ出身の
作家で、2003年のノーベル文学賞を受賞した。
 クッツェーと村上を比較するのは変だろう。でもここで私が言
いたいのは、描かれている世界の質の違いについてだ。
クッツェーの著作は普遍的な人間存在を描く。その背景が南アフ
リカであっても、およそ読者の属する文化や生活環境からかけ離
れたストーリーであっても、読者に切実で世界的視野で捉えるこ
とが可能な問題提起をする。
そういう意味でノーベル文学賞にも納得できるのだ。
 一方の村上は、先のエルサレム賞での壁と生卵を比喩に使った
コメントは稚拙で、マスコミや文化人面した連中が評価した程の
ことはない。
あれが村上にできる精いっぱいの発言で、そこに彼の、世界との
スタンスがはっきりと現れている。
もう私は村上作品を読む気はないが、クッツェーはできたら全作
を、幾つかは原文で読んでみたいと思っている。
 ちなみに「恥辱」(早川書房)の訳者は鴻巣友季子さん。
アフリカファンの出版関係者グループの一員だった方で、以前に
何度もケニアで旅行手配をした。気鋭の翻訳家であるばかりでな
く、エッセイや書評にも優れた文筆家だ。そのうち自身の優れた
小説を発表されるのではないかと密かに期待している。

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眼鏡から考えた事

 一昨年から毎日朝から晩までパソコン画面を見る仕事を始め
て以来急に視力が落ちた。
近視は高校に入る頃に始まったことで、ここ数年は電車で新聞
を読みづらくなっていたから老眼になっていることも分かって
いたが、果たして緑内障や白内障とか他の何かの病気などない
かも含めて調べるために眼科に行った。
果たして単に加齢のために近眼が進行しただけとのこと。眼鏡
を掛けていても0.4しか見えていなかったことがわかった。
考えれば最後に眼鏡を作り直したのは10年以上前のこと。合わ
なくなるのは当たり前だ。
ということで作り直そうと眼鏡屋に行ってみた。
 最近のフレームデザインはレンズ部分の面積が小さい。使っ
ていた眼鏡も、当時としてもなるべく大きめのものを探して作
ったが、今はもっと小さめになっている。気に入るデザインが
無かったので、その昔買ったけど長く使っていなかった大きめ
のセル・フレームを利用してレンズだけ買おうと思ったら、そ
うすると高く付くことが分かった。今はファッション性の高い
フレームとレンズを組み合わせで安く売るようになっている。
フレームは中国製で、レンズはHOYAとかNIKONとなっている
ようだけどセット販売用の廉価版だという。多分これも中国で
生産されているのだろう。
 今は食べる物でも着る物でもなんでも、国産を選ぶにはそれ
なりの料金を払わないと暮らせないのだ。
それはもうこの国に暮らす人は、誰にも分かりきったことにな
っている。できたら国産の物をと望むけれど、経済的な事情で
そうはいかなくなってしまっている。

 学生時代を過ごした京都のことを思う。卒業して暫く、呉服
業界相手の雑誌と広告制作の小さな会社にいた。老舗の呉服屋
さんを訪ねるなかで、京都の商人の閉鎖性に辟易させられた。
今になって分かる。その当時はそれが何世紀にも何世代にも渡
って彼らの生活を維持させてきた装置だということが理解でき
ていなかった。それは呉服業界だけの事ではない。
 英語で言うsustainabilityは、或る状態を継続的に保ち続けて
ゆけること。たとえば何百年の歴史を保つ和菓子の店は、茶道
や寺社との関係の中、そうした文化の中に生きる住民が生活様
式を保つなかで生き続けている。そうした生き方全体に流れて
いるのがsustainabilityということだ。
 そしてそれはまた、不徳の利を望まず「足るを知る」生き方
に裏打ちされているものだと理解している。
踊りに使う扇子だけを作り続けている職人。別に贅沢な暮らし
を望まず、困らないように日々の暮らしを送って子孫を残すこ
とのできる生業。「早く安く沢山」なんてことを目指す事なく、
こだわりを持って納得のいく仕事をこなすことで自他共に認め
られる人間的な暮らし。今誰もがそこに立ち返ることは出来な
いに違いないが、そうした生き方を考えることは出来る。
 なんてことを思いながら、財布と相談してセットで5千円の
眼鏡を注文した。レンズが小さいので慣れるまでは少々違和感
があるが視界は良好。薄着の季節になって女の子たちの姿が色
とりどりで奇麗になってきたことだし、せめて目の保養を楽し
ませてもらうことにする。

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映画「蟹工船」

 明治学院大学の国際平和研究所が主催の「蟹工船」試写会に
行った。見に来ていた9割くらいは学生で、その7割は女子学生
だった。一昨年あたりから小林多喜二の原作が若者に読まれて
いるから、そのブームにあやかっての映画化だ。
映画は話にならない駄作だった。
脚本は薄っぺらで原作の換骨奪胎もオリジナリティもない。
映像構成は安易で工夫も無く、演技も全く深みに欠ける。
昨今の日本の社会状況と政治の貧困が原作への共感を呼んだと
いうのがブームの元だが、便乗商法に乗った安易な映画化は逆
に原作の意義さえも台無しにしている。
上映後に監督とプロデューサーの話があったようだが、聞く気
がしないのでサッさと帰ってきた。
 折角若い人たちからの注目が集まっているのだから、完全に
同時代的な焼き直しをして新たな物語を創りだせば良かった。
タイトルは「蟹工船」である必要は無くていいし、原作の精神
を敷衍してもっとアピールできるやり方はいくらでもある。 
多分、見に来た人の多くは原作を読んだことがあるのではない
かと思うが、未読の人があの映画を見てから原作を読もうとい
う気にはならないだろう。或いはあんなに駄目な映画だからこ
そ、その原作を読まなければ分からないと、逆説的な興味を惹
くこともあるかも知れないが…

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フィクションとノンフィクション〜「翻弄者」を読んで〜

 「絵はがきにされた少年」で第3回開高 健ノンフィクション賞
を受賞した藤原彰生の小説第一作は正直に言って期待外れだ。
体験的題材を小説化しようという発想はよく分かる。でも短編集
「翻弄者」としてまとめられた3作はどれも小説としてこなされ
ていない。
もしかしたら熟成が足りないということだけかもとも考えたが、
どうもそれだけではない。取材も足りないんじゃないだろうか。
表面的でしかなかった出会いでは深まる要素は無いし、それでも
小説的想像力に富んでいればカバーもされようが、そうした膨ら
ませも出来ていない。まるで習作の第一稿みたいだ。
あの状態で出版してしまった本人も問題だけど、練り上げ不十分
でGOを出した編集者の技量を疑う。
帯にある塩野七生の文(帯だから仕方ないけど)は持ち上げ過ぎ
だし、『時代に翻弄され、不条理に疲れ、それでも拠りどころを
手探りする人間たち。』という惹句もはずれている。
こうも貶すのは前作のノンフィクションが賞に値する秀作だった
からだ。
 前に森 達也の小説「東京スタンピード」での失望を書いたが、
あれと似た印象がある。それはフィクションとノンフィクション
に関する問題に繋がっているのではないかと思う。

 フィクションとノンフィクションとを分けるのは想像力のベク
トルと膨らませ方の違いだけだ。
作品を植物に例えよう。どちらもその芽の部分には著作者の体験
とか目にした出来事とかが必ず存在する。その芽が植物に育つ様
を描いたものが作品だ。そして育つ過程や下地・背景のディテー
ルを描く事に力を注ぐのがノンフィクションで、一方そうした要
素に想像力でヒネリを加えて実際の植物とは異なるものを描きあ
げるのがフィクションの作法だと思う。
ただノンフィクションの場合でも、描写の過程で必ず著作者の想
像や意図が組み込まれることは言うまでもない。著者の目や思考
のフィルターを通すとは、そういうことだ。
それを一言で言うと『編集』という作業になるかと思う。
フィクションにもノンフィクションにも編集作業は欠かせない。
ノンフィクションの場合は基本的には時系列を入れ替えたり視点
を変えたりする手管以外は、その成否はほぼ、着想力と取材力と
描写力に委ねられる。最終的に題材を完成させるのは読者の感性
と想像力だ。
でもフィクションで重要なのは作者のストーリーテラーとしての
想像力で、読者はストーリーとして完成されたものを受け取り、
その解釈を楽しむというところにノンフィクションを読む場合と
の大きな違いがある。
そのあたりの実際例は開高 健のあまたの著作を読んでみればよく
分かる。奇しくも藤原はその開高 健の名を冠した賞を受賞したわ
けだが、もしフィクション部門の開高 健賞というものがあるなら
ば、彼の実力では遠く及ばない。

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北川悠仁のケニア訪問〜体験と想像力〜

 NHKのBSⅡで「ゆず」の北川がケニアの難民キャンプを訪ね
る番組を放送していた。
「ゆず」の曲は特に意識して聞いた事は無いし、ラジオやテレビ
でかかっているのを耳にしたことはあっても通して聞いたことは
1曲もない。新聞のテレビ番組表で知り、最近の難民キャンプ事
情が判るかなという気持ちで見てみた。

タイトルは「この空を見ていますか〜ゆず アフリカの子どもたち
へ〜」。スーダンやソマリア難民の子供たちに会って何かを感じ
その体験をもとに新曲を作るという概要だ。
何から触発されたのか、北川は少年兵をモチーフにした曲を作っ
ていたとのことで番組の冒頭で短く紹介されていた。それはまあ
ステレオタイプの反戦・平和祈願もので、それほど説得力のある
曲ではないと思うのだが、若い人にはそれなりの反響があったよ
うだ。しかし、多分本人も多少忸怩たるものがあったんじゃない
だろうか。アフリカの子供たちの姿を実地に見なければ…と思い
立ったらしい。そうした流れはまあ正当なところだろう。
で、UNHCRの協力をとりつけて番組となったというわけだ。
最終的にはソマリア難民の女の子の姿に感銘を浮けて曲が出来て
日本の小学生たちに披露したという、およそ想像の範囲を出ない
通りの内容だった。
 それで私は何を言いたいのかというと、北川の甘さではない。
真面目な人なのだろう。彼なりに精いっぱいに感じ、思い、昇
華させたのだから、とやかく言うものではない。
ただ、訪れる前と後の北川とでははっきりと違うものが芽生え
ていて、出来た曲にそれが表れていた。それが見どころなのだ。
体験は人を変え、言葉に説得力を与えるということだ。

 今の日本の政治家や官僚に欠けているのが、まさにこの体験
と想像力だと言える。世の中を知らないものが国を動かし、思
いつきのアイディアを口先だけの言葉に乗せる。目先の欲得ば
かりを優先するしかなくなった国民は、そんな薄っぺらな言葉
にさえ頼るしかない。
何兆円もの臨時予算をバラまく位なら、その予算でニートやフ
リーターの若者を途上国にボランティアで送り込めばいい。
少なくとも世の中の事に目を開かれ、世界に対する意識や想像
力を増す人は増える。そのうちの幾人からはきっと、日本にと
っても世界にとっても有意義な事をしてくれる人材が育つかも
しれない。およそ実現しない私の思いだ。

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