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映画「チョコラ」

 ドキュメンタリー「チョコラ」の試写会に行く機会があった。
ケニアの首都ナイロビから車で40〜50分の町、ティカの路上に
暮らす子供たちを追った映画だ。チョコラとはchokora pipaと
言うスワヒリ語のスラング「ゴミ溜漁りする小僧」の短縮された
呼び方だ。多くは貧困に由来する色々な理由で、ゴミを拾っての
路上生活を自活の舞台としなければならなくなった子供たちがい
る。それがチョコラだ。
私がナイロビで暮らし始めた1982年には、そんな子供たちの姿
はナイロビにもいなかった。だが、パーキングボーイと呼ばれる
子供たちは居た。街のあちこちにあるメーター式の駐車場をテリ
トリーに屯して駐車中の車を見張ったり、追加のコインを入れて
おくなどの代償に小遣い稼ぎをする。私もよく彼等の存在を利用
したものだ。そんな彼等から弾き出された者たちがゴミ漁りを余
儀なくされていったと思われる。その後チョコラたちの姿が増え
ていった。それはケニアが資本原理主義に染まってゆく過程と呼
応している。家庭で面倒を見られない子供は親類や隣近所の人た
ちが面倒を見ながら育てていたような本来は相互扶助が当たり前
のアフリカ社会に、そんなことに構ってはいられなくなるほどに
厳しい現金至上のシステムが敷衍されていった。
貧富の差が拡大し、自分の暮らしに精いっぱいで親類の辛酸さえ
無視しなければならない弱肉強食を受け入れなければならなくな
っていった。貧しい家庭では公立小学校でさえ子供たち全員を通
わせる事ができない。そうしてドロップアウトしていった子供た
ちが路上に出ていった。
 映画「チョコラ」ではそうした背景などの説明的なナレーショ
ンは一切無い。最近の日本のテレビなどでは過剰に説明的だった
り、情緒を誘導するようなナレーションや文字のスーパーインポ
ーズが目に余る。しかし映像と同録の会話だけで十分に伝わるべ
き事は伝わる。5月から全国で順次公開されるので、多くの人に
ぜひ見て欲しい。
一言付け加えるとすれば、日本人がやっているNGOの部分はカッ
トして欲しかった。でもそのNGOの存在があったからこそ実現し
た撮影だろうからそうはいかないのだろうが…

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