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リサイクル 1

リサイクル 1

 マスコミの罪だと思うが、だいたい日本人はリサイクルとい
う言葉を履き違えている。「再生」というふうに置き換えられ
ているようだけど、本当は「転用・転生」に近い筈だ。
その意味では古本屋、古着屋、フリーマーケットやオークショ
ンなんかがリサイクルの典型だろう。
 アフリカで使われている自動車のことについて触れたい。
アフリカ人の凄いところは、ちゃんとしたパーツが手に入らな
いような車でも、どこかのパーツを持ってきて工夫を施して転
用の利くものに変えたり、少々無理をしても使用に耐えるよう
に組み込んでしまう臨機応変の発想にある。まさに転がして利
用して生き返らせるリサイクルだ。
 日本人の好きなリサイクルは、使用済みのものをもう一度原
材料の状態にまで戻したり、再利用可能な成分だけを取り出し
て別のものに作り替えるとかいったもので、科学力を使う資源
の再生産のことだ。だから研究費やそのための機械の開発制作
とかが必要だし、再利用の過程で莫大な費用と余計なエネルギ
ーを使ってしまう。
 そういうふうにしてまた経済の環のなかに取り込まれるし、
結果的には再生産過程での石油などのエネルギー資源の消費が
必要なためにリサイクル効果がマイナスになっていたりする。
 本来、リサイクルは金をかけずに転用・転生させることに
その本質があるのであって、そうじゃなければ意味がない。
原材料として還元させることにどれだけの価値があるという
のか?そんなことなら、少々高くついても、もっと丈夫で長持
ちして何回も繰り返し使える物を最初から作ればいい。
更にはそれよりも、なるべくならもうこれ以上自然資源をあん
まり消費しないでも済む、継続的な自給自足可能なライフスタ
イルと、それを無理なく実践出来る生き方の根本についてこそ
考えるべきじゃないのか。
 私はアフリカで人間の営みの持つ、地球に対してとても残忍
な部分を数多く目にしてきた。自然や生き物に対して傲岸で
尊大な行為は、意識的にも無意識的にもいろいろな場所で進行
中だ。例えばタンザニアでは隣のブルンジとルワンダからの難
民流入のために一日で人口が何百倍にもなったような町があっ
て、そこの山林が薪のための伐採であれよという間に禿げ山に
なってしまうようなことがあった。火をおこすための薪は人間
生活にとって必要不可欠だけど、これをして必要悪と片づけて
いいのだろうか?同じようにマラウイの首都では街路樹さえ切
り倒されて薪として道端で売られていた。

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